シニフィアンとシニフィエ
後輩が七海にこれまでのバレンタインのチョコレートの獲得数について問うたとき、その質問の回答主は眉間の皺をいつもより一層深くしてから言葉を吐いた。ゼロです。想定外の回答に猪野は驚いてそれを復唱する。ゼロ。嘘でしょ七海さん。イチか、三桁か、どっちかでしょう。七海は苦々しい表情をさらに深めてもう一度ゼロです、と強調した。
思い出せば七海が彼女と付き合い始めるまえからそういう予感はあった。まず第一に学生の時、一つ上の学年の彼女が『そういった』ばら撒きをしているところを見たことがない。せっかく義理でももらえるかと思ったのに、と口にした同期ははあ、とため息をつかれていた。第二に七海が復帰した年度のバレンタインにはまだ付き合っていなかったものの、当然七海の手元に彼女からのチョコレートはなかった。それから彼女が誰かに与えた素振りもなかった。同性であれ、補助監督であれ、学生であれ、誰も彼女がこの行事に参加していないことなどさも当然のように受け流していたが五条悟だけは違った。
「なんで五条にあげないといけないの?」
五条が同期の彼女に絡んでいる現場に居合わせたのが七海で、彼女は七海がいくつか受け取ったままにしているのを認めると五条に七海から貰えば? だなんて唆した。その結果、七海は彼女と付き合う前もバレンタインのチョコレートを失ったのだった。失った一方で一ヶ月後には返礼用のギフトを選んでいたのだから、誰しもが七海を大人だとか紳士だとか律儀だとか、そういう称賛を七海に向ける。彼女だけは五条にやらせればよかったのに、だなんてとぼけていたので原因はお前だと突きつけたかった。もし自分があの時五条のように素直にあなたからのチョコレートが欲しいと言ったならば彼女はなんと答えたのだろうか。
七海がゼロだと答えたからには当然、付き合ってからの数年のバレンタインにも彼女からのチョコレートはなかったことがわかる。この期間、今に至るまで七海は毅然とした態度で彼女以外から与えられるチョコレートとそれに類するものを断り続けてきた。彼女以外から受け取るわけには、と律儀に伝える七海には誰も反論できない。毎年ひとりはお礼としてでも受け取って欲しいとせがむ女性職員が出てくるが、術師の誓い立ての前には淡く散るほかない。そう、これは七海にとって祈りよりも誓いに近い行動だった。
一方で彼女はバレンタインなんてないかのように、普通の日と同様に振る舞う。もしかしたら忘れているのかもしれないと思って七海は毎年ばらを数輪包んで彼女に渡すようにしていた。彼女はうっとりとそれを眺めて、さも幸福そうに七海に感謝を述べる。たまにキスもくれる。チョコレートはくれない。毎年二月の下旬に彼女の部屋に行くと自分が贈った深紅のばらが活けられているのを見て、七海は毎年満足感と同時に敗北感を味わう。それでも彼女が喜んでいて、こまめに水を換えては長く慈しんでいる姿を見るのは七海にとって幸せなことだった。
それから、今年も同様だった。七海は当然花屋にばらを予約――付き合った年数分だ――していたし、自分のために会社員時代に貰って気に入ったメゾンのチョコレートも調達した。平日だが夜には彼女が部屋に来るので、メインディッシュの下拵えも昨夜のうちに済ませている。チョコレートを貰えなくても七海にとっては少しばかり特別な日にしたかった。でもこの日は七海にとっては少し特別かもしれないが、彼女以外の他の人にとってもわずかながら特別な日でもあるのを七海は失念していた。そう、特別な日だからこそ特殊なことは起きる。職員からチョコレートをいつの間にか受け取ってしまっていたのだ。七海が仕事中に預けた上着のポケットに薄い小箱が入っていて、仕事が終わったこととこの後の段取りで頭がいっぱいで七海はすぐさま気づかずにいた。気がついたのは彼女と高専構内で待ち合わせて、外に出るために上着を着直した時だ。違和感をもとに手をポケットに入れた。そのまま指が掴んだ箱を取り出して外気に晒す。明らかにチョコレートだとわかるメゾンの刻印に瞬時に状況を把握するも、それは彼女だって同じことで、七海が何かを口にする前に彼女の唇は箱の刻印を読み上げていた。
「よかったね。ここの、美味しいよ」
「そうですか」
何を言えばいいのかわからなかったが、反応を間違えたことだけはわかる。『違うんです』とでも言えばよかったのだろうか。それでは何か訳がありそうな風に捉えられてもおかしくないと思って口にできなかった。『何ですかこれ』白々しい。七海だってそのメゾンは知っていた。『ああ、入れられてました』事実に即しているがなんてわざとらしいんだ!
「バレンタインにチョコレートを貰うって、どんな気持ちがするの?」
「……嬉しい?」
「嬉しいんだ。それはよかった」
「これはどちらかというと驚きの方が勝ります」
そうなんだ。彼女は興味なさそうに七海の顔を見上げながら瞬きをする。彼女の好きなところは表情と感情がほぼ連動するところだ。興味がないならそれでいい、流してほしい、と思いながら七海はポケットに小箱をしまい直して代わりに車のキーを取り出す。ピピ、と電子音がして七海の車の施錠が解かれ、いつも通りに運転席側に進路を取る。先に花束を渡した方がいいかもしれないと思って七海は後部座席のドアを開け、昼に取ってきたばかりのばらの花束を手に取る。ルーツの半分が海外にあった母に父がかつてそうしていたように迷いなくこの花を選んで数年経つが、彼女は毎年嬉しそうにしていた。だから七海は今年もそうしたのだった。
七海が顔を上げた時に目の前に彼女の姿はなかった。見回せば彼女の姿は七海の車なんて素通りした駐車場の向こうにある。黒いコートの背中に栗色の髪が広がっていて、なんだか十年ほど前の学生の時を思い出すような気がした。歩きにくい駐車場のアスファルト舗装の上から彼女は徒歩用の通路に上がり込もうとしていた。息を吸い込んで七海は彼女の名前を呼ぶ。彼女は振り返りもしないでポケットに手を突っ込んだまま通路を外に向かって進んでいた。本当は聞こえているはずだが、聞こえていないふりをされている。通路の安っぽい白熱灯が彼女の髪を明るく照らすものの、表情は少しだって見えやしない。
「待ってください」
名前を呼ばれて振り向かない人間が、待ってと言われて待つはずもない。これみよがしに通路が折れて七海の視界から外れそうになると彼女はその歩みを早めたらしく七海は急いで走り出す。手に花束を持ったまま、車のキーは七海が走り出して勝手に施錠された音がしたけれど七海にとってはもう何もかもどうでもよかった。小脇に花をつぶれないように抱えて走るのは間違いだとも思う。力が入らない、勝手が悪い、でも多分一番自分が悪い。急いで遠ざかるヒールの音に七海は通路をまっすぐ駆けるけれど、途中の柱に楮紙がぶつかっていて走るのをやめた。おまじない程度の呪符が彼女の足音を痕跡付きで再現していただけで、七海はこのおもちゃで体良く撒かれるところだったのだ。見つけた符を剥がして握り潰そうとして、七海は自分の高まった焦りがどんどん苛立ちに変換されてきているのに気づく。
どうして、彼女は自分に構ってくれないのだろうか。またどうして向き合ってくれないのだろうか。七海ばかりが彼女を追っている気がしてならない。自分が走ってきた後に花弁がいくつか散っている。この花束だって君が喜ぶと思って予約していた。仕事の途中で抜けて受け取りにいったし、君が少しでも喜べば嬉しいと思って昨日だってメインディッシュの下拵えをしていた。アヒージョを食べた日にはキスをしてくれないから、好物だと言ってもどれだけ自分が控えているか知らないだろう。七海は符を右手の中に握りつぶして、ポケットの中に突っ込んでから、もう一度彼女の名前を大きな声で呼んだ。カラスが疎ましげに飛び立つ音しか返ってこない。どうせ上の事務所にまで自分の声が届いているだろうがそんなことももうどうでもよかった。七海は再び緩い坂道になっている通路を登り直す。落ちた花弁を見つけてはわざと踏み潰して人の気配の有無を手繰る。そこまで長くもない通路だ、傍に逸れる出入り口だって数えるほどしかないのだからお目当ての人物はすぐに見つかる。ちょうど通路が折れ曲がったところで運動場に逸れる小道がある。その小道の少し先のベンチに彼女は座っていた。椿の木がいくつも茂っている中の道端なのできちんと見なければ見つからないけれど、見つかるのも時間の問題だというのはわかっていただろう。さっき見たままの、興味がないという感想をありありと顔に貼り付けたまま彼女は座っていた。
「無言で約束を反故にしないでください」
「……ごめん」
「私の呼びかけを無視しないでください」
「ごめんってば」
「謝るのに向いた語彙ではないですよね」
うん、と彼女が返事を言う前に七海は自分が詰問していることに気付く。違う、そうじゃない。最初はびっくりしただけだった。謝って欲しいわけじゃない。家に帰りましょうと言いたいだけだった。いやそれも完全な答えではない。何をどの順番で話せばいいのかわからない。わからないまま、七海は左手に掴んでいた花束をぐいと彼女の面前に差し出す。床にぼとぼとと椿の花と花弁が散って蹂躙されている。今年はいつもよりも気合を入れていたのにいくつか花弁を散らしたからみすぼらしくなっているかもしれない。通路で踏み躙ったばらの花弁の柔らかさを思い出して七海はより気まずくなる。
「今年は四輪です」
「……うん」
「付き合って四年目なので」
「そういう意味だったんだ」
「……なんだと思ってたんですか」
「……意味は特に見出してなかった」
七海は彼女の手に花束を握らせる。密度のある花弁が渦を巻くように開いていた。色のない彼女のコーディネートには映える色だと思う。それに案外彼女が毎年のばらを長く楽しんでいるのは七海としても嬉しくはあった。
「物事には大抵理由があるでしょう」
「そうだね」
「あなたがこうしたことにも理由がありますよね」
「……そうだね」
「教えてくれますか」
彼女の目の前に立ったまま七海は問いかける。内心もっと意地悪く詰問したい気分もちらついていたけれどどうにか押し殺して最低限の質問をした。
「びっくりしちゃった」
「……はあ」
「七海がチョコレートの類を受け取らないようにしてたのは知ってたけど、もらっててびっくりしたし、そういえば私もあげたことないなって思って」
「……ええ」
「七海も貰うと嬉しいんだ、ってさっき聞いて、なんか申し訳なくなってしまった。七海を喜ばせることが私にはできない」
本当は今からでも間に合います、だとか、気にしていませんだとか、そういうことを言うために彼女の肩に手を伸ばしていた。そんな最中に想像もつかない発言が彼女の口から出てきて思い切り彼女の肩を掴んで揺らしてしまった。あなたからじゃないと嬉しくない。彼女はびっくりしたように目を見開きながらごめん、と繰り返す。
「それに私は、七海がばらをくれたときからそういう習慣なんだと思っていたの」
「あなたがバレンタインのことを忘れているんだと思って最初買ったんです」
「忘れてはない……けど、学生のときから欲しそうでもなければ、昔も受け取るときに困ってたからこの手の行事が好きじゃないんだなって」
「私が術師に戻った年のことですか」
そう、と彼女は告げて眉を寄せる。七海、あのとき断ってたのに無理やり受け取らされてたから、五条になすりつけて助けてあげようとしたのに。そんなことだとは知らなかった。七海が記憶しているのはなんで五条に、という響きだけだった。
「そんな背景、わかるわけがないでしょう。それに五条さんの無理をかわしただけに見えた」
「否定はしないけど、でも学生の時だって欲しそうにしてたことないでしょ」
「同期も先輩もにべもなく断られていたのに、言い出せるとでも?」
「四年間いつだって言えたでしょ」
「何にもわかってないな、私が今までどう女性から断っていたのか、本当に聞いたんですか」
「受け取ってもらえないとしか聞いたことないよ」
「恋人から貰えないのに他の方から受け取るわけにはいかないと、言っていたんです」
彼女と視線が合って、それから気恥ずかしそうに逸らされた。どこに引っ掛かりを覚えているかは知らないが、花束を手に抱えたまま花弁に視線をわざとずらしている。恋人から貰えないのに、ともう一度七海が繰り返すと小さい声でやめてと彼女は返事をした。
「私にだけ、ください。前後何年でも待ちます」
「前でもいいんだ」
「来年含めて今日五個頂いても構いませんから」
「今日持ってないよ」
「いつだっていいので、私にだけください」
うん、とようやく視線が合う。彼女のコートから指を外して、七海は彼女を立たせるように腕を引く。やや遅れて彼女が立ち上がり、ぱらぱらとコートを手で払う。さあ、と促せば彼女はそっと七海のそばに寄る。思えば、最初に駐車場で質問をされた時から距離があったのだと今更気付く。
「それから」
七海は彼女の手を掴んでわざとさらに距離を詰める。花束の包装がぱりぱりと音を立てて邪魔をする。七海が顔を近づければ彼女はばらを近づけて、七海が言葉をうまく継げなかったときの仕返しをしたのだ。七海はそれをもう片方の手で払って顔をさらに近づけて、鼻の先にキスをする。
「あなたは十分に私のことを喜ばせてくれますよ」
「どんな時に?」
「反応が素直なところとか」
「なんかいやらしいなあ」
「いやらしいという方がいやらしい。あとは美味しそうに食べるところとか、これもいやらしく捉えられるな」
あなたのせいでお腹が空きましたと言えばその前からずっとそうでしょ、と反論が返ってくる。そういうところですと告げて通路の白熱灯の下に引っ張り込んで、それからもう一度キスをした。顔がよく見えるだろうからそうしたのに自分が影になってしまって、彼女の頰の紅潮なんて見えやしない。
◆◆◆
「じゃあ、今日はあなたが喜ばせてください」
帰り道に勢いづいてしまって唇の先だけで小さなキスを重ねていたら、自宅に着く頃には既に食事の気分など吹き飛んでいた。お互い空腹なのもわかっているし、冷蔵庫の中にはオーブンを心待ちにしている鴨肉も、作っておいたオレンジのソースも食べられるのを待っていた。それでも玄関にもつれ込んだ瞬間にもうその準備が無駄だとお互いにわかっていた。ドアの鍵を閉めた瞬間にそのまま冷たい鋼製のドアに彼女を寄せながら唇のさらに奥まで貪る。冷え切った部屋の空気も、彼女に顔を寄せて感じるドアの冷たさも冷静さを与えてなどくれなくて、むしろ見知った室内の匂いのせいで、彼女を巣に持ち帰ったかのような征服感すら得ていた。そのまま彼女の柔らかいコートの内側のあたたかいところに手を滑り込ませて床に落とす。中は彼女の体温で温まっていて、目の荒いニットが七海の手を捕らえた。性急に裾から手を入れて生肌に触れたら温度差から悲鳴が上がる。熱を帯びた柔らかい腹部が七海の指をいやがって小さな反抗の旗を揚げていたけれど、七海は気にも留めずにニットから下着までを胸の上までたくしあげる。ちゅ、と小さい音を立てて唇を離して露になった白くて暖かい肌の前に傅いて顔を寄せれば彼女の手が七海の肩に置かれるのがわかった。熱々の腹部は七海の頬に柔らかく沿ってその凹凸を受け入れる。下腹部から順に七海は音を立てて唇を寄せて彼女の視線に近づこうとしていた。ひらたくてなめらかな下腹部を通って小さく窪んだ臍を経由し、空腹で鳴り出しそうな肋骨の下に口付けた時、七海の頭の上から期待に染まったため息が溢れるのが聞こえて七海は片手でベルトを寛げる。彼女の期待と同様に七海ももう期待ではち切れんばかりで苦しかった。七海が膝立ちになって、たくしあげた下着のせいで膨らみが強調された膨らみの間に顔を埋めた時ですら、わかって欲しくて彼女の肢体に自分の期待を擦りつけたくてたまらない。もどかしくてたまらないのにまだ味わっていたい。背反する気持ちが七海の吐息に熱を足す。
「このまましますか」
「やだ、ベッド、いこ」
それで当初の提案をしたのだった。七海が谷間で喋るたびに彼女はくすぐったそうに身を捩る。くすぐったさから無邪気さが落ちてきたくらいに七海はやっと立ち上がって彼女の手を引いて室内にあげる。床に自分が落としたコートを拾って彼女が上がり込むのを追う。ここからはほぼ声もなくただ目的のために二人とも支度をしていた。七海は彼女のコートと自分のスーツを吊るして寝室へ、彼女はいつのまにか寝室でニットの下のショートパンツとタイツを脱いでいた。七海がシャツのボタンを外しながら寝室に入った時、彼女はベッドのふちでニットを脱いで床に落としていたところだった。
「どうしたら、嬉しい?」
「任せます」
七海はシャツを床に放ってベッドに身を投げる。彼女の腰に手を回せば小さい悲鳴がして腹部が声で震えた。そのままなし崩しに手繰り寄せてキスをねだる。口先だけで音を立ててキスをするのがくすぐったくて癖になってきていた。七海と全然質感の違う唇からたまに覗く舌先が一瞬だけ七海の唇を濡らす。もっと来てほしい、と彼女の身体に触れたままの指先を手繰り寄せれば遠慮がちに七海の歯先に彼女の薄い舌が当たる。それを遊びながら自分の上に誘導させれば、薄いキャミソールと揃いの下着をつけただけの彼女は七海に跨ざるを得ない。二枚の下着越しに七海は押し付けながら彼女の身体を自分の上に引き寄せて、彼女が七海の顔の横に手をつかせて身を寄せた。薄い下着がわざとらしく間に挟まっていてもどかしい。一度唇が離れて、まじまじと向かい合ってなおさらそんな気がした。彼女が自分に跨っているせいで、キャミソールの中は丸見えだ。七海に触れて欲しがっている膨らみを隠しきれていない。そっと七海は裾から手を差し込んで、いつもはワイヤーのしている役目を片手に任せる。やわらかい質量が七海の手の中でふにゃふにゃと支えられて形を変える。七海の手の中で期待を吸ってぷっくり膨れている突起物を指で沈み込めれば、七海の身体の上で彼女の腰がびくんと揺れて喉が小さく鳴る。指の腹で触れて欲しいとせがむ膨らみを甘く引っ掻きながら七海は彼女の視線を伺う。
「ん……っぅ」
彼女はいつもよりも恥ずかしそうに見えた。自分の下着が既に湿っていることなどわかっていたのに、こうして七海に跨って身体に触れられるといつもより逃げ場がなくて快感が身体の奥を直に炙るようだった。おまけにその波から逃げて腰を揺らせば下着越しに質量を増した熱が触れるのがわかってもどかしい気持ちがいや増す。そんなこと無理だとわかっていても今すぐに欲しくて、ずっと入れていてほしい、とすら思っているのは言葉にしなければわからないはずだと信じている。このまま目の前の七海に筒抜けだったらどうしようと思うたびに身体の奥が七海に触れて欲しいと叫んでいた。
でも、そんな簡単なことは肌越しに七海に筒抜けだった。七海が指を這わす度に、揺れる腰は彼女が無意識に七海に擦り付けているも同然だったしその湿度はレースから七海の肌に既に滴っていた。七海が手を広げて持ち上げている下乳もうっすら汗をかいていて、彼女が快感を得ていることなんかとっくにお見通しだった。閉じた瞼の下で瞳が動くのも、吐息が物欲しげに色づくのも、全て七海には誘惑としてしか届かない。
「なぁ……み……」
本当だったらもっと七海の身体に触れたいのに、七海の指が執拗に乳首に触れる度にはやくいれてほしいという気持ちで彼女の頭の中が塗り替えられていく。都合よく七海の指が下着にかけられて嬉々として腰を浮かしてしまった。七海の熱い身体から離れたところが寒くて不安になる。はやくくっつきたい、と思いながら彼女は息を漏らす。
「もう……いい?」
「全然、と言いたいところですが、もう我慢できないんでしょう」
仕方ない、と七海は少し冷たい目で彼女の視線を捉える。膝立ちになった彼女がもう役目も果たしていない下着を取り払って、真下の七海の下着をずらす。ぶるん、と外気に触れて下腹部を打つ姿に七海は内心苦笑する。我慢できないのはどっちだ。偉そうに彼女に告げたはいいが、自分が一番彼女の身体を暴いて味わい尽くしたいのだから。
七海が手渡したコンドームを危なっかしい手つきでつけ、彼女は手でガイドしながら入り口に浅くあてがっていた。先端だけが熱い粘膜に触れ合ってもどかしく、七海が腰を揺らした瞬間に彼女の決心が決まったために思わず奥まで貫いてしまったらしい。一気に熱い肉が七海を絞り、それから彼女は白い首を晒して七海の上で荒い息を吐いていた。待ちかねていた子宮口が七海の先をぢゅぱぢゅぱと歓待している。
「……ッ――は、……ァッ」
刺激の第一波が下がるタイミングで彼女は堪らず七海の胸筋に手をついて身体を揺らす。中で反り返った七海の雁首が熱い肉の壁を削っては奥を穿ち、思いがけない鉱脈を掘り当てては七海をぎゅんと搾る。掻き出さずとも溢れる蜜が二人の皮膚の間で音を立てて寝室に響いていた。彼女の頭の中は気持ちいい、欲しかった、でいっぱいになりつつあるけれど、この自分の立てる音がはずかしい、という気持ちを煽って不随意に快感の波を立てる。
「あ……あっ……ね、きもち……?」
熱の波に流されそうになりながら、本来の目的を不意に思い出して彼女は七海に問いかける。目の前がちかちかするけれど目を開いて下にいる七海を見れば、視線が合うと同時に腰を揺らされて再び手が胸に伸びた。それらは確かに全て欲しかった刺激ではあるけれど、上り詰めつつある今同時に与えられるともう耐えられるはずもない。ええ、と七海が返事をしているのなんて彼女には聞こえていなくて、擦り付けるように身体を揺らしていた。ゴム越しにでも全てが欲しいとわななく身体を、七海は勝手に掴んで揺らす。それは七海の衝動によるものだったけれど、快感まであと数歩で歩みを止めようとした彼女に対する悪戯でもあった。薄暗い室内でも、彼女の頬が赤く染まっているのはわかる。彼女の反らされた背中に薄く汗が流れていることも、七海の身体の横でかくんと支点を務めている膝の裏はもうびしょびしょなことも、すべて七海にはわかる。
「は、ぁ、ぁ゛あ――……!!」
彼女が達する時、身体に電気を通したみたいにびくりと身体が跳ねるのがわかる。ああ、先に行ったんだなと七海は思いながらも彼女の身体を揺する手を止めずにいた。
「や……、……いま、やぁ……」
「もうちょっと堪えてください」
本当ならまだまだ責め立てたいところだったが、今日は久々に焦らされた時間が長くて一度もう吐き出してしまいたかった。絶頂のあとの脱力の中で彼女は刺激を拒否するが、それはいつものことであって七海はまだ淡々と同じリズムで彼女の身体を揺らす。その律動に肉壁はきちんと新しい快感を掴んでは彼女に伝え、ぐったりと七海の上で支えるだけの身体もたまに小さな快感の波を拾っては震えていた。もちろん、七海のことを欲して止まない中は熱くて溶かしつくしそうな形相だった。ななみ、とはっきり言えないまでも、ぐちゃぐちゃになりながら自分を呼ぶ存在に七海は満足を覚えて欲の度合いを深める。
小さく彼女の奥が七海を吸い上げた時、膜越しに欲を明け渡してから七海は倒れ込んできた彼女を胸に乗せた。いつまでも出続ける気すらしたものの、息を整える間に出し尽くしたらしい。ぬるぬると熱い胎内でそれを感じながらも自分の胸の上に乗せた彼女が汗でしっとりして熱く、時折しゃくり上げながら息を整えているのに触れるとどうもまだ腹の奥でぐちゃぐちゃにしたい気持ちが再び頭を擡げるのだから不思議だった。
「嬉し……?」
「……ええ、でももう少しあとで、まだ楽しませてください」
彼女の声が肌越しに響いて気持ちがいい。いつのまにか七海も汗ばんでいるせいで、彼女の身体がぴったり密にくっつくのにそことない満足感を覚える。いつだったか、こうなると離れがたいと彼女が口にしていたのを思い出して勝手に愛おしさが増す。胸の上に乗る頭の髪を指で梳けば、まとまらない呼気のなかで笑い声がさざめくのに七海は満足して大きく息を吐いた。