think pink, think rose

bella,bella,bella,bellaと機嫌よくリズムを付けてプロシュートは浴室で歌う。手には薔薇の花束が無残な形になって残っていて、水面にはその花束にくっついていたはずの赤い花弁が散っていた。まだ花束だったものの先には芯のようにすこしの花弁が残っていたからプロシュートは機嫌よくそれを振り回してマリエの腰を叩くのだった。花弁は腰にぶつかる度に数枚ずつ散って水面に落ちる。白い肌に何条かの赤い跡が残るのをマリエは確認しながら黙ってシャワーを浴びるばかりだった。

何故こんなことになったのか復習してみよう。まず、今日は本当なら誰もアジトに来ないはずだった。あのいつも静かにアジトで事務仕事の山を右から左に移しているリゾットさえもがご指名で出払っていて、帰着予定があるマリエ以外は誰もが仕事の真っ最中の日付で出払っていることになっていたから、空きでアジトにいるのはマリエだけだった。これについてリゾットは苦心しながら「書類仕事はやらなくていい」と言い残してアジトを出た。彼はマリエに何度か帳簿付けを手伝わせたが、だいたい数行間違えたりするので数字と電卓を使う仕事はさせないのだ。彼女はファイリングと過去資料の分類は得意なのだけれども、それ以外はからきしで、ファイリングするものも溜まっていないのだからという判断らしい。なので彼女のすべき仕事は何にもなく、でもって彼女の部屋にはシャワーブースしかないのでバスタブのあるアジトでごきげんな留守番を決め込むことにしたらしい。ちょっとだけいいワインと惣菜、それからバスメルツを買って夕方に彼女は帰ると、彼女はテレビの前のテーブルにそれを並べてメローネの撮りためていたカプリを再生させる。ガラスのグラスに適当にワインを注いで、半分冷めかけたパスティッチョをプラスチック容器からそのままフォークでつまむ。お互い未視聴のエピソードまでしっかり180分再生しきると――マリエは普段ああでもないこうでもないとメローネと再生しながら喋るのを習慣にしていた――食事の後片付けをさっさとしてメインたる風呂場に行ったのだった。

バスタブに湯を張っている間に服を脱いで念入りに化粧を落とす。衣服が汚れただとかメローネに吐かれただとかそういう用事でもなければ彼女はこのバスルームで服を脱がないし、専らここを使うのはアジトに居住しているメンバーだけだったので化粧落としなんて気の利いたものはないのをわかっていたからパフも化粧落としも全部家から彼女は持ってきていた。あとはお気に入りのパジャマもだ。ひとりのパーティーみたいで楽しかったのだ。ごうごうと音を立ててバスタブに湯が流れるのを服を脱いで畳んだマリエはいまかいまかと待っていた。キラキラしたバスメルツをいれたお風呂に入ることを学生の時代の彼女は愛していて、それはこうして実家を出たことでできなくなった習慣だったので本当はいつもアジトのバスタブが気になっていたのだ。とはいえ男所帯のアジトでさらに気を遣わせるわけにもいかないしと居住をやめ、安月給の中で狭い裏路地にシャワーブースしかない部屋を借りていたのだ。ベッドとシャワーと、それからクロークとしてしか使ってないのだが。食事は大概アジトで摂るし、それから仕事柄この街に居ないことだって多々あったからあまり思い入れもなかったのだ。そもそもあのアパルタメントは湯のタンクが小さすぎてシャワーを浴びている間にすぐ冷水に変わるので嫌いだった。その点アジトの湯のタンクは大きい。流石にバスタブに湯を張ったら当分またないとシャワーを浴びることは出来ないが。
バスタブの隣にいすを引っ張って持ってきて、タオルとミネラルウォーター、もしものためのバスローブとベレッタ、それからモバイルにペーパーバックを置いたのを確認してシャワーカーテンもせずにマリエはバスメルツと一緒にバスタブに浸かる。しゅわしゅわしたバスメルツが足先を滑って肌に炭酸の泡をくっつけていく感覚に懐かしさと愉しさを思い出してマリエは嬉しくなってしまう。やっぱり、疲れたときは長々お風呂に入るのが一番だ。浸かることが嫌いな人は多いけれど、プールでもなんでもこうして水の中でぼんやりすることが一番彼女は好きだった。
そしてぼんやりとなかなか読みきれずにいたペーパーバックを読むことにしていたのだ。本当は。遠い異国の文庫が今は簡単に自分の読める言語で手に入るのだからありがたいと思っていても、仕事柄本を外で読んでいたらすぐに識別されてしまうし、アジトに帰ってきたらそんなのを読む暇もないのでいつも寝れない時にだけ読み進めるのが常だったのだ。そのせいでストーリーの稜線はぼろぼろで、序章を何度読んだことだろう。今回もご多分に漏れず栞をはさんだところを開いても登場人物の名前以外すべておぼろげだったので頭から読むことになってしまった。深夜の弁当工場?何でそんな労働現場があるのだろうだとか、そんな足の残る殺し方だなんてアマチュアだわ、だなんていう感想がぽろぽろ出てくる本ではあったけれど概ね楽しく読んでいた。死者をモノ扱いするなんて、とも思った所で遠くで立て付けの悪いドアの開く音がしてマリエはその読みさしの本を反射的に床に放った。誰も来ないはずなのに、と思いながら彼女は水音を立ててバスタブから立ち上がっていすのバスローブを手に取る。まずいな、浴室のドアをきちんと閉めた覚えがない。足音は確実にこっちに向かって来ているし、さっき大きく水音を立てたのもけっこう、まずいかもしれない。びしゃびしゃの体にまとわりつくバスローブを適当に羽織ったままマリエは椅子の上のベレッタを手にとってシャワーカーテンに身を隠した。このまま出て行っても死ぬ、せめて不意をついて殺さなければ。仲間が帰ってくる予定はないし、何を読まれているかわからない、と思って息を潜めていた。汗をかいて髪が首に貼りつくのが気持ち悪い。それに湯温も下がってきているのでちょっと寒い。相変わらず足音はこつこつと床を叩いている。ギイ、とドアの音がしてマリエは構えた。
「よぉ」
ベレッタを構えた射線上に居たのはよく見知ったプロシュートで、マリエはホッとした顔でそれをおろしてしまった。プロシュートは花束を抱えたまま足でドアを開けたらしい。何とも彼らしい、と思いながらマリエはベレッタを元の椅子の上においた。仲間に銃を向けること自体が間違っているからだ。
マリエが一人でいい子にお留守番してるってリゾットから聞いたから来てやったのにひでえ歓迎の仕方だ」
「誰も帰ってこないって聞いてたからびっくりしたわよ……」
それより、任務はいいの?と聞けば終わったと返されてマリエはため息をつく。せっかくの一人のお休みが……という気持ちでもあった。プロシュートは床に投げられた本を拾ってお前結構焦っただろ、だなんて冷静な指摘をして椅子の上にそれを戻す。もしかしていつもの任務後のお説教タイムがこの場所で始まっちゃうのかしらだなんて思いながらマリエはシャワーカーテンをひこうとする。怒られるか、も。
「焦り過ぎなんだよおめえはよぉ」
距離の近いプロシュートは抱えていた花束でマリエのバスローブを撫でる。ぺら、と赤い花弁がピンク色の湯の上に落ちて撃たれてたらこうなったかもしれないなだなんてマリエは思って身震いしてしまう。
「まず、バスローブの前は閉めろって教わんなかったのか」
全部見えてんだよ、とプロシュートは笑う。恥ずかしさで自分の下を見下ろせば確かにそうだろう。これできちんと構えたのだからきっと上は見えていないかもしれないが下は確実に見えていた。
「え、あ、あの、出てってよ」
「もう十分見えてっから気にすんなよ」
「やだやだやだ私任務でも人前で裸になったことないのに」
プロシュートの片手はシャワーカーテンを片付けにかかっていた。プロシュートに背を向ける格好になったマリエはなすすべなく浴槽の壁に追い詰められていることになる。さらにプロシュートの手はふわふわのタオル地のバスローブの襟にかかり、力が後ろの方にかかったことに気付いたマリエは袂を抑えるがそれも虚しく、浴槽の中で滑らないようにするにはその手を離して従うほかなかった。
「何する気なの」
「いやぁ俺も待ってたからしょうがねえだろ」
「お風呂なら後で入ってよ」
プロシュートの花束が今度はマリエの足を辿る。幾らか水滴が失われたその肌を柔らかい花弁が滑ってくすぐったい。逃げようとバスタブの閉じている方、壁に手を付けばそのまま靴を脱いだプロシュートが服も脱がずに浴槽に入ってきたのでマリエの逃げ場所はとうとうなくなってしまった。
「bella」
「やめてよお」
花束が背を、それからプロシュートの大きな手がマリエの腹部に伸びる。身を隠せる場所も逃げ出せるところもない。思った通り固くて冷たいその手はマリエの腹部をしっかりと手で包んで、大きな水音を立てて一歩、二歩と距離を詰めてきた。精一杯の強がりで、マリエは目を見開いて上空にあるその端正な顔を見つめたら、次の瞬間にはくちづけが降ってきて何とも言えずその目を閉じてしまった。行動と真逆の触れるようなそのくちづけは一度ばかりか二度、3度と降ってきて五度目で止む。ざわざわと背を伝う薔薇の感触が居心地を悪くさせるのか、同僚のいきなりの行動のせいなのか、それとも単純に気に入る口付けだったからかわからないままマリエは少し体が粟立つのを感じていた。
「女の顔だ」
「うるさい」
「いい、いい、マリエはそのガキっぽい反応のままでいい」
平均より起伏のないマリエの体をプロシュートは相変わらず触れていた。凄味のある表情か、呆れ返った表情ばかり見てきたのにこんな満足気な顔をしているプロシュートを見るのははじめてだ、とマリエは状況を飲み込めないままそればかりに思考のリソースを割かれてしまう。
「俺ぁな、こんな場所で女を抱く趣味はねえんだが」
「……まるでそんな感じの状況なんだけど」
「ついでに言うとな、出てるところも引っ込んでる所もないほうが好みだ」
「出てってよ!」
追い詰められるとわかっていても、マリエは足をもう一歩壁に進めてしまう。指先だけで撫でるようなその感触は明らかに相手が慣れていることを伺わせて来る。苦手だった。こんな場面になることを誰よりも避けて生きてきたのに、とマリエは今までの人生を思い出すけれどやっぱり苦手なものは苦手で避けてきたのだから実際に遭遇してどうしたらいいのかなんて記憶に無いのだ。今までさも男遊びに慣れているとでもいう風に適当なあしらいをしていたし、メローネのわかりやすい発情もお芝居扱いで躱せていたけれど本当はそんな経験なんてないし、するつもりもなかった。きっといつかは仕事でするのだろうけれども。
「ガキ臭え体に、反応……やっぱりお前ヴァージンだろ」
「初物食いの趣味でもあるわけ」
「いや、単に未成熟な方が好みだ」
次の瞬間、ひゅっと細いものが空気を切り裂く音がして反射的に身を反転させる。そして太腿に痛みが走って、つい声を上げてしまうが、同時にマリエは目の前のプロシュートが花束を自分にむけてフルスイングしたことを大体の感覚を使って知った。痛みと、それから柔らかい花芯の感触。湯に浮かぶ花弁の数は増えていて、バスタブの外にも散っている。ついに目の前に捉えた男は満足そうな顔でマリエを見下ろしていた。
「あとそれから痛そうな顔を見るのも好みなんだよなァ」
鳴き方も知らない小鳥ちゃん、と馬鹿にした声色でプロシュートはマリエを呼んだ。それに耐えられずマリエは足元のお湯を蹴ってプロシュートのスーツを濡らすけれども彼は一向に気にする様子がない。
「そう煽んなよ」
「煽ってないから出て行ってってば」
「おう、出ては行かないけど待ってはやる」
「どうしたら出て行ってくれるの、シャワー浴びたいんだけど」
マリエが上がる時に俺も上がってやるよ」
そう言ってプロシュートはバスタブの縁に腰掛けて、花束でマリエの体を撫でた。そして今に至る。シャワーを使っても、その飛沫が飛んでもプロシュートは何も気にせず上機嫌でリズムを付けてマリエの体を叩いていた。

きゅっとマリエがシャワーの栓を締めると同時に頭にタオルがぶつかる。それが背後のプロシュートが投げたものだということは明白で、どんどん水位の下がるバスタブの壁には散った薔薇の花弁がはりついていた。それを拾い上げる甲斐性はなかった。そもそもそれを流そうにもプロシュートのスーツを積極的に濡らしてしまうから出来なかった。
「早く拭け」
「あのね花びらをどうにかしたいんだけど」
「待ってやるから早くしろ」
投げられたタオルを適当に首にかけて、濡れた体のまま脱がされたバスローブを手にとってそれでバスタブの中の花びらを払う。黙ってその所作を見るプロシュートの靴下も、ズボンの裾もすっかり濡れていた。バスタブの水はもうなく、一箇所に集められた花びらをマリエは掬って手にもつ。プロシュートはそれにむけて花束の残骸を差し出したのでマリエはそのまますっかり茎だけになったそれに花びらを残骸を落とす。
「早く体を拭け」
プロシュートは濡れた足のままそれをゴミ箱に放って靴下を脱いでそれもゴミ箱に放ってしまう。すっかり濡れたそれは重い音を立ててゴミ箱に収まり、何も気にせずプロシュートは浴室を出て行った。
その間にマリエはざっと体を拭いて、台に用意していた着替えに四肢を通してお気に入りのパジャマを着るか、さっきまで着ていた服を着るかを逡巡していた。でももうこれで開放されたと思ってワンピースのお気に入りのパジャマをかぶると、戻ってきたプロシュートはガキ臭えな、と言い捨てて戻ってきたのだった。新しい靴下を履いていた。替えがあったのか。
「気に入ってるの。可愛いでしょ」
「男の前で着るもんじゃねえな」
「男の前でパジャマにはならないもの」
「裸にもなったことないんだろ」
うるさい。そう言ってマリエは化粧水を手にとる。抱かれる前にそんなことしてんじゃねえよ、とプロシュートは後ろで囁いてきたけれど、無視して目を閉じて肌に化粧水を染み込ませていたら耳を噛まれてしまって変な声が出た。
「ずっとお前と二人だけになる瞬間を待ってたんだからよぉ、待たせんな」
「そんなのしらないよ」
「ガキ臭えマリエを食べたくてこっちはずっと待ってたんだ」
柔らかいパジャマの上をプロシュートの大きくて固い手が掴む。肋骨の一番下をすくわれるように持ち上げられてマリエは抵抗も虚しく浴室を後にし、着替えも下着もそのままにアジトのソファに転がされていた。アジトでは嫌、という言葉をプロシュートは無視してマリエの首を噛んでは荒い息をその洗いたての体に落とす。ちょっとばかし痛えぞ、という言葉にマリエは体を固くし、薔薇の茎と、それから首を噛む痛さよりどれだけ痛いのか想像するだけで眉根を寄せてしまう。それをプロシュートは笑いながらマリエのパジャマを再び脱がす。ノースリーブワンピースの肩紐を解いて、裾を引っ張るだけでマリエの体は下着を纏うだけになり、息も出来ずにその行動の行方を追うばかりである。
「息をきちんと吐くんだ」
痛いのが良いならそのまま息止めてろ、とプロシュートはマリエに囁く。マリエが息を吐いた瞬間に彼は下着を引っ張って離したのでびっくりしてマリエは息も吸えずに声を上げてしまう。それを愉しむプロシュートは満足そうな顔でさらに囁く。
「鳴き方がわかったか、小鳥ちゃんよぉ」
意地の悪いその視線に抗えないままマリエは相変わらずプロシュートの下で息もできず、抗えもせずにその目をただ開いて知らない感覚と同僚の姿を映すことしか出来なかった。
20151231 chloe,as a X'mas request 2015
"誰でも、お風呂の話"