指先のイエロー・サブマリン

マリエの彩られた爪を見るたびに何が楽しくてそんなことをするのだろう、と露伴は内心小馬鹿にしていた。どうせ家に来たら瓶に入った液体に指を突っ込んで落とすくせに、何が楽しくてあんな子供みたいなお絵かきをしているんだ。露伴、元気だった?とピンポンを鳴らした後勝手に鍵を開けて――とはいえこれはお互いの取り決めで、僕の手を煩わせないためにそうしたのだが−−入ってきては作業台の真後ろで手をひらひらさせるのがマリエのいつもの行動だった。それに白い箱の洋菓子がついていたら完璧だ。たまにせんべいだったり、封筒だったりするけれども。だいたいその箱は白いから否応なく僕の作業台の前の窓にチラチラ映って集中を削ぐし、爪の色が白地と対比されてつい見てしまうのは悲しいかな、漫画家の性かも知れない。あと、駅前のスーパーで資料と称してベースコートを買ってしまったことも、露伴に取っては半分不本意だった。2週間来ないときの間の週末に露伴はその蓋を開け、刺激臭に咳き込んで一日中窓を開けていた。いまではインク瓶の横に鎮座している。
「それ、よっぽどお前に似合わないな」
「何、今日のワンピースは嫌いだった?」
「そのワンピースが嫌いなわけがないだろ、僕が選んだんだ」
紺色のニットワンピースにグレーのコートを着たマリエの今回の爪は黄色だった。確かに、紺と黄色は合うはずなのにどこか似合わないと思ったのは方向性が違うからかもしれない。どちらも好みの傾向だけど、合わせるには違う。見て楽しいか着せて楽しいかの違いか、見て楽しいか脱がせて楽しいかかの違いかもしれないがこの際そんなことはどうでもいいのだ。
「はやくその爪、取れよ」
「黄色は嫌いだったの?」
「いいや、服装と合ってないだけで黄色が嫌いなわけじゃあない。毎回思うけど何が楽しくてそんな小さい所にお絵かきするんだよ、絵心もないくせに」
「露伴はいじわるだなあ」
取るわよ、取るってば。洋菓子の箱をローテーブルに置いて、いつもの様に洗面所の除光液を取りに行くマリエの姿を確認して露伴は首だけで後ろを向いていた姿勢を元に戻す。あいつ、ここの家では塗らないのになあ。絵心もないくせにハートだなんだ、キラキラさせたりする前に僕に言ってくればまだ可愛げもあるのに。空き紙にさらさらと彼女のよく見知った手を描いて、インクを飛ばす。よく見知った千鳥格子を帽子で囲ったり、自分のターバンのようなぎざぎざ模様のなかにしまってみたりした。去年の秋によく履いていた千鳥格子のスカートは好みだったのに今年一度も着て来ないなあ。描くならこれぐらいやってやれば落とさないで当面さびしがることもないかもしれないし、合わせて着てくるのではないかと露伴はすこし期待をしたが、それもマリエに対して甘すぎるかもしれないと自覚を改め、真下のゴミ箱に放った。
もちろんこの落書きは後にマリエの知るところとなり、何も載っていないまっさらな爪で愛おしそうにピンクダークの少年の帽子の輪郭をなぞる姿を見て、自分のどこか甘い所に対するはにかみと、純粋に喜んでいる姿をみた嬉しさで露伴は恥ずかしくなってついいつもよりも次の原稿に少し書き込みを多くいれる結果となった。
20151213 chloe,