明かりが消えたらただの人

プロシュートは滅多に素人女を抱かない。それは彼の仕事からきていた理由であって、商売女のほうが好みであるとか、素人女と出会いがないというわけではないし、この理由でさえも彼は国外だとか、彼の所属するところの領地でない限りはこればかりではなかった。二度と会わなければ誤解も面倒にもならないという判断である。彼は自分をプロフェッショナルであると自負していたから、その崇高な任務のためであればその他のプライベートなんて簡単に切り捨てられていたのだ。彼は十分顔が整っていたから、若い自分から随分と女の方から声はかけられてきたからこそかもしれない。任務のために殺害対象の女を誑かしたことも、それから殺した事もあった。
今回はその最後のパターンだった。この場合、素人とも言えないし、商売女とも言えない存在なので彼の定義の中では難しい立ち位置である。大抵殺害対象の女というのは、いうなればギャングの情婦は、囲われていて日々を怠惰につまらなく過ごしている。そんな箱庭に囲われた女を釣ることなんておもしろみさえあれば簡単だ、と思っていたのに今回ばかりは面倒で、彼はバーにディスコに、それから港にピッツェリアにと何度も偶然をよそおっては遭遇を仕掛け、彼女の分までグラスの世話をしたのである。そこからぐるっと裏路地に立ち返って簡素な部屋で彼女を抱いた。あの人以外に抱かれるのはひっさしぶりだわ、とマリエと名乗ったその女は言って、もったいぶってスリップ一枚になった。はじめに遭遇した時から予想していたのかどうかは知らない。朝までには家に帰らなくっちゃ、なんて興ざめなことを言ったので寝過ごせばいい、とばかりに遊びつくしてしまったことは真実である。朝までには帰ってベッドで寝ていないと、きっとあの人に怒られてしまうわ。彼女はそう言ったが怒られはしないだろうからそんな心配なんてしなくてもいいのだ。

「やだ、もう朝だわ」
そうだなァ、本当は帰ってなきゃヤバい朝だ。跳ね起きようとするマリエを腕に閉じ込めてプロシュートは二度寝を決め込もうとしていた。ねえ、離して、ともがく四肢を体で封じ込めて枕にする。少しばかり抱き心地が悪いけれども、こないだの元モデルよりかァちったあマシだ、というのが感想で、寝起きですっかり冷たくなった肌には人の体温程度がちょうどいいのである。
「余韻も何もねえなあ、手遅れならもう一眠り決め込もうぜ」
「だめだよお、バレたら殺されちゃう」
「こっちに来ることを決めたのはどこのどいつだ?」
「……わたし」
もうしょうがないね、とこの手の女にしてはめずらしくマリエは覚悟を決めて抵抗をやめた。抱かれるままになって、髪が枕の上で波打ったまま一度は見開いた目をとじる。
「家以外で目が覚めるなんていつぶりかしら」
「今の男とは長いのか」
「両親が死んで以来ずっとよ、10年くらいかな」
わたしがまだ12歳だったころ、とプロシュートの腕の中のマリエは手をシーツから出して言った。
「そりゃ随分な趣味だな」
「でしょう」
ペドファイルのギャングなんてサイテー、ともうすっかり大人になった元少女は口にする。おかげさまで、学校に行かせてもらっても友達なんて出来たことなかったわ。
「わたしもこの街を出なきゃいけないのかな」
「まあこのままだったら死ぬか、娼婦にでもされんだろうな」
「それはやだな」
プロシュートが彼女を抱く腕を緩めれば、マリエは身をくるりと反転させて寄ってくる。いくら一緒に連れてって、だなんて言ってもその瞬間に殺す準備はできていた。それさえ言わなかったら、今夜にでもあの男は死ぬのだから好きにここで生きればいい。
「あなたもすぐこの街を出て行くんでしょ」
マリエはつれねえことばっか言うなァ」
「余韻がない?」
「ねえな」
やっぱり、と彼女は笑ってプロシュートの二の腕に頬を寄せた。体が重いわ、だなんて言いながら、言葉とは裏腹に行動には十分余韻が残されていた。
「南の人の発音だもの、ずっとここにいないのなんてわかってる」
「カンがいい」
「連れてってなんて言わないけど、今日の朝だけはさらったんだから遊んで」
「ご所望ならな」
マリエの手は自分と逆側のプロシュートの肩を掴む。いい子は二度寝だ、とプロシュートはその頭を撫で、自分も目を閉じてその暖かさを享受した。夜までに出りゃあいい話だ。二度寝と言わずもう少し寝ていても良いくらいに気怠い一日の始まりだった。
20160102 chloe, as a X'mas request 2015
"プロシュート兄貴 事後の朝の話"