ぐるぐるブランケット

 こちらが起きてシャワーを浴びても未だにマリエはブランケットに包まったまま眠っていて、流石にこの曜日はこんな時間まで寝ていたらまずかったのではないか、と今までの生活を振り返ってギアッチョはぶっきらぼうにその塊を蹴る。えう、だなんて気味の悪いうめき声がそのブランケットの塊からしたので、意識はあるらしい。
「遅刻すんぞ」
「あー……うーん」
「起きろよ」
 ギアッチョは自分の上着を着もせずにマリエからブランケットを分離しにかかる。ぺろんとやわらかいブランケットは取れてギアッチョの腕の中へ、マリエは剥かれてパジャマ姿のままでシーツの上へ。不機嫌そうにマリエはギアッチョを見上げては身を縮こまらせた。
「授業ないから良いの」
「サボるんじゃあねえよ、授業ないわけ無いだろ、マリエは毎週木曜朝早いだろ」
「先生いなくなったから授業なくなったのお」
 ギアッチョがブランケットを返す気がないと悟ったらしいマリエは起き上がってブランケットを取り返そうとシャツ一枚のギアッチョによってくる。ギアッチョは反射的にシーツにブランケットを放ってマリエの体を抱きしめてパジャマの裾に手を掛けて脱がしかける。これはいつもの癖だったが、そういうことなら起こす道理もないか、と思ってそれはめくらずに抱きしめたままでいた。布一枚を隔てて寝起きの体温のマリエは身をそこに預けてギアッチョのシャツに顔を埋めていた。
「センセーがね、薬物のディーラーだったとかでギャングに殺されたんだって」
「お前ジュゼッペ・アンギレーリの授業取ってたのか」
「えっ詳しいねギアッチョ……事情通じゃん」
 昨晩のニュースだからまだそこまで皆知らないのにね。そう言ってマリエはふらふらとギアッチョの腕を離れてキッチンへ向かった。そこにはいつもどおり粉を溶いただけの簡素なカプチーノが用意されていたが、目覚めの一杯なんてこれでお互い良かったのだ。どうせ昼前にどちらもどこかできちんとしたコーヒーを飲むのだという理由で最低限の甘さとカフェイン補給の習慣だった。ぬるい、と彼女はクリーム色のカフェオレボウルを口にして口角に泡を付けていた。
「ギアッチョ何の仕事してるんだっけ」
「……データサイエンティスト」
「あーなんか、ニュースとかの会社に今行ってるんだっけ、それで耳早いのかな」
 まだ学内サイトにしかあがってないからびっくりしちゃったー、とマリエは再度ぬるいらしいカプチーノに口をつけて笑う。冗談じゃない、昨日の仕事内容がそれだったから知っていただけだ。データサイエンティストとかなんとか、ニュースがなんとか、彼女を煙に巻いて本業をごまかすために横文字の自分でもよくわかっていない仕事を掲げているフシはある。そおなんだ、と転がり込んできた彼女は納得して、私にはよくわかんないしなろうとも思わないななんて感想だけを得たのだ。目下学生の彼女はギアッチョが勤め人らしくもなく不定期に家を開けるのも厭わず、学生らしくまま不定期に家を開け返しなどもしていた。酔いつぶれては迎えに来させることだけはやめろと言ってもやめないのが玉に瑕だ。学生らしいとは思うけれど、そして呼ぶ相手がギアッチョであって到底事故には遭わないからいいものの、本当ならこの街でそれをするのは相当リスキーである自覚があるのだろうか。
「ギアッチョっていつでもこういう話耳早いから記者さんみたいだよね」
「オレが殺してたらどうする?」
「まさかァ……ちょっとはびっくりするかもしれないけど、大体薬物事件だからなんとも言えないなー」
 もしそうだったらちょっと安全かもね、と言ってマリエはカプチーノを飲み干す。カフェオレボウルを流しにおいて、ティッシュで口を拭って上着を着ていたギアッチョのところに戻ってボタンを留める邪魔をし始めた。すっかり起きた顔で右腕にとまってジョルナリスタさん、だなんてふざけたことを言う。
「ギアッチョがジョルナリスタでもアサシーノでも大好きだよ」
「好きにしろ」
「きっと働いてるギアッチョかっこいいもんね」
「うるせぇ、さっさとシャワー浴びろ」
「えーん今日は学校ないからもっと後で浴びるもーん」
 ギアッチョはそのマリエの額を弾いてボタンを閉め、それから弾いたところに挨拶代わりにちゅっと音を立ててキスをする。でれでれとパジャマ姿のマリエはそばの椅子に座って髪を整えるギアッチョを見つめていた。まだシャワーを浴びる気はないらしい。
「オレがアサシーノでもジョルナリスタでもシェンツィアートでもなんでも、薬物に手を出したら追い出すからな」
「はーい」
「いい子にしてお留守番してろ」
 いってきますのちゅうは?とふざけたマリエはキスをせがみ、車のキーをポケットに突っ込んだギアッチョはそれにマリエの耳をかじることで応じて部屋を出る。目を覚ますための相場は唇と決まっているけれど、当面いまのおままごとから目を覚まされるとどうもこうもつまらないから、当分は目覚めてもらう必要なんかないと思っての行動だった。いたいなあ、とマリエは笑ってその体を伸ばし、耳の温度を忘れないうちにとシャワールームへ飛び込んだ。彼女は今日は若妻っぽくがんばっちゃお、だなんて献立を考えていて、夢から醒めるまではまだまだ猶予があるらしい。
20160106 chloe,