眠る陽の

 マリエは決まって夜にDIOの頭を後ろから抱いたが、DIOはそれを嫌がるでもなくそのままにして本を読むのが常だった。マリエの指がDIOの金色の髪を掬っては撫で、撚っては元に戻し、それからその中に顔を埋めては笑っていた。
「怒るかもしれないけどこれしてる時が一番好きだわ」
「今更怒る気もしない」
「ありがとう」
 こうしてると、落ち着くの。マリエはそう言ってDIOの耳にかかる髪を掬っては耳にかける。怒るかもしれないけど、小さい時に家に犬が居てね。生まれた時からいた大きい犬で、いっつも抱っこしていたの。DIOはそれを聞き流しながらページをめくっていた。
「犬か」
「嫌いそうね」
「ああ」
 DIOとしては、犬には苦々しい思い出があった。そんなものに自らすすんで近づこうともしてこなかったし、向こうからも決して好意的に近づいてくることは殆ど無かったから余計に得意とは言い切れない。それにしても、そんな記憶のあった女だとは思っていなかった、とDIOは本に指を挟んで閉じ、自分をめぐる手の方に顔を向ける。
「でも私も嫌いよ、犬は私より先に死ぬもの」
「その理論でいけばマリエは大体のものが嫌いになるな」
「そうだね、それでDIOが好きな理由もはっきりするね」
 マリエの手はDIOの首に伸びてそのなめらかな皮膚を撫でる。顎の下を撫でる指がくすぐったい、とDIOはそれを捉えて甘噛みする。漏れるみたいな笑い声が自分の頭蓋骨の奥からして不思議な気持ちになりながら、DIOはその4本の指を1つずつ口の中で吟味する。マリエの親指はDIOの唇を押してそれに抵抗するけれども、DIOはそれをやめようとはせずその爪に舌を這わせていた。
「くすぐったあい」
 ちゅ、とノイズを立ててDIOはマリエの指を出す。燭台の光ですこし照るその指をもう一度舌だけで舐めれば、マリエはそれを満足そうに指を反らせて眺めていた。DIOが首を上に向けても彼女はそれに気づかない。目の前にあった首先に少し歯を当ててやっと気付いたのか、マリエはやっとDIOの名前を呼ぶ。
「昔飼っていた犬よりずっと好きよ」
「比較されるのは気に食わんな」
「好きなものが少ないんだから光栄に思ってくださらない?」
 DIOはその言い訳を塞ぐ。本を置いて、マリエの首に手を回せばマリエのDIOの髪にかかる指に力が入ったのがわかってさらに腰にも手を回してしまう。一瞬唇を離せば小さい嬌声が漏れて、DIOは自分の背から腕の中にマリエを捕らえなおしてしまう。DIO、と二音節の音がDIOの耳をくすぐっても、DIOはその手を緩めずに自分の膝の上にマリエを収めた。
「絶対ありえないはずなのに、なんかDIOの髪の毛に埋もれてる時って、バーニーとひなたぼっこしてた時のことを思い出すの」
「陽に当たったのはもう一世紀は昔なんだがなァ」
「なんか懐かしい気持ちになるから、私は好き」
 マリエはDIOの膝の中でなおその髪に手を伸ばす。昔、この館に来た時も同じことをしていた。綺麗な髪をしているのね、素敵。耳に残っているマリエのその声に過去を思う。もう少し夜が冷え込んでいた頃、寂しそうな影だと思ったのに、何故か安心した顔で暖炉の前で眠りこけていたことを面白く思ったのがきっかけだったか。
「今が一番幸福だわ」
 髪をふたたびふわふわと触るマリエをDIOはそのまま放っていた。DIOは私より先に死なないでね、と言うマリエの言葉にDIOはさも当然とばかりに口付けを落とす。そのまま片手をマリエの首元にかけたが、彼女はそれを嫌がることもなくただ黙って受け入れたのでDIOは無遠慮にその布に爪を走らせた。着替えなど、もう一度誂えさせればいい。張力を失ってふくらみに引っ掛かるだけになった布をさらに破って、DIOは爪の先でマリエのやわらかい丘陵の稜線を辿る。まとまってまるく息を吐くそのマリエの吐息がDIOの耳に触れ、それから毛先で弾けて夜のつめたい空気の中に消えた。マリエの爪先はソファの布地を指だけで握っていて、DIOはその力の入った足にそっと手を伸ばす。一気に力の抜けたマリエの肉体がDIOの膝の上で腕にもたれかかるように溶けて落ちてきて、DIOは布の中からそのマリエの体を取り上げるように抱き直した。
「これでも犬と比べるか?」
「ううん、ずっと頼りになるから好き」
 ひとりにしないで、とマリエは少しだけ濡れた声で呟いてDIOの手に身を委ねていた。DIOの温度のない手はマリエの体の温度を少しばかり奪い取って、ひんやりとその体を溶かしてゆく。身寄りのない女ばかりを選んだのは単に面倒を避けるためではあったけれども、DIOは未だにマリエを殺せずに共にこうして夜を深めていた。体に唇を落として跡をつけても、それから息を吐かせてその体に身を沈めても、彼女はただDIOの腕の中でひたすらにDIOだけを見つめてふたりであろうとしていた。今日もまた彼女は、DIOが身を沈めると同時に首から髪に指を絡めて、吐息混じりで名前を吐いた。
「DIO」
 愛してるわ。好きなの、の一歩先の言葉を引き出せるのはいつだってこうした時だけだった。よく出来ました、とばかりにDIOはそんな目を潤ませたマリエの頬を片手で撫でて、もう片方の手でマリエの腰を掴んでは続けられるその言葉の色をさらに深めて、快楽の滝に突き落とす。その時の白い喉首に頬を寄せることをDIOは気に入っていて、それが理由で未だに手放せないのかとも思いながらその姿を追うのだった。
20160116 chloe,