夢見るシャンソン人形
息をのんだ
マリエの双曲線の特異点をプロシュートは指の中に捕らえる。吐息に混じって夜を赤く彩るみたいな声が部屋の空気を割いていたけれど、プロシュートは何も躊躇わずにその指を閉じては指の間を捻ってその声を濃くする。プロシュートの腕の中で
マリエは背を反らしてその白い喉を見せつけながら身を捩らせるけれど、その腕の中から
マリエを逃がすなんて考えは彼にはなく、ただただその首に一度だけ軽く口付けて、突起以外に掛かる指でもってふくらみを押し包む。
そもそもこういう関係になってからどれくらい経ったのかプロシュートは温度を増す声を耳に留めながら考える。ああプロシュートぉ、と身を不随意に走る快感に投じながら腕の中で自分の名前を呼ぶ存在は、今ではどうもしっくり来る存在になっていることにも気付きながらもプロシュートは手を止めない。随分声に色が乗るようになった。初めて声を聞いた時なんて、どんなガキが歌っているんだと思ったのがきっかけだったはずだった。今ではありあまるチップとグラスが来るのをプロシュートは知っている。それが気に入らないのでアルコールを薄めに作れとマスターに言っていることを彼女は知っているのだろうか。
マリエはプロシュートの行きつけのバーで2ヶ月前から週に2度歌い始めた学生だった。マスターの老爺の親友の孫だという彼女は、うぶもうぶという表情と声でピアノの前で歌っていたのが気に入らなくて、その日の帰りに偶然鉢合わせたものだから”ひっかけた”というのが正しかったかも知れない。プロシュートには初物食いをする趣味はなかったけれども、それでも軒先で煙草を吸っていたプロシュートと店から出てきた彼女の視線が合った時には彼は連れて帰ろう、と思ったのを覚えている。抵抗するかと思えば、たのしそう、とすっからかんの答えが返ってきたのでプロシュートは吐いていた煙の糸を一度乱した。勿論その後アパルタメントの踊り場で所在なさ気な表情をしたので想像通りだとプロシュートは思っていたけれど、それでも嗜虐的な気持ちになって手を掴んで部屋に引きずり込んだのだった。
「あんな事言ったけど、ホントは初めてなの」
「そんなこと気づかねえわけないだろ」
ピアノの前と同じ表情で
マリエはそう言ってバスルームで襟元を掴んで離さなかった。やさしくして、だなんてありふれたことは言わなかったけれど表情は十分にそう物語っていて、それも気に入らなくてプロシュートは乱暴に口を塞いでそのドレスの肩紐を外した。
決して優しくはしなかった、それだけは断言できる。それでも
マリエはもっと、とせがんだのをプロシュートは内心愉しく見ていた。そしてそれから3日経って再びプロシュートは
同じバーで、同じ流れで、同じように家に
マリエを連れ帰ることになる。いくらか慣れた表情で彼女は歌っていた。スタンダード・ナンバーは相変わらず彼女には大人すぎて子供っぽさを強調することになっていたけれど、それでも少しくらいは歳相応の表情になった気がする、とプロシュートはグラスを傾けていた。
そしてその晩からこうしてお預けを与える愉しみを得たのだった、とプロシュートは腕の中で一人で快楽に溺れまいと瞳孔を開いて名前を呼ぶ
マリエを見下ろす。こちらが溶けてしまいそうな熱い吐息混じりで名前を呼ばれると、それに応えるべきかとプロシュートは一気に指の舵を切って
マリエを快感の海に突き落とすのだった。甘い悲鳴と共に体を震わせながら
マリエはプロシュートの腕の中に崩れ落ちる。その声の甘さを誰が予測できただろう?肩で息をする
マリエをプロシュートはそのまま抱いてベッドに移る。立ったまま立てなくするまでお預けを与えるのがここ最近の彼のトレンドで、ベッドに移ってやっとその服を脱がしにかかるのだった。息を乱したままの
マリエは溶けた瞳でプロシュートを見つめながらその所作にただただ従う。大抵下着を取り払った時点で、彼女は腕にべったりしがみついて再びのおねだりをするだろう。
「ね、し、しましょ」
「我慢の出来ない悪い子め」
だ、だめ?そう問う
マリエの口を塞ぎながらプロシュートはストッキングすら外してしまう。上着だけを脱いだ自分の膝に
マリエを乗せながら彼女の手を取って導いては続きを問いかえす。いい子なら、一人で出来たはずだよなぁ?途中2週間不在に鳴ることからこの悪事を教えたのはプロシュート本人だった。見ないで、という飾りだけの言葉を吐いて彼女は添えられた指に力を少しだけ入れていた。そのご褒美に彼は指を彼女の動きに合わせるけれど、それ以上は決して与えることはしない。
いくらいい子に育てられても、無知なまま社会に放る方が悪い。だからこうして悪い網に引っかかるのだ。彼女が自分の歌の上達を望んであの場を選んだ結果がこんな悪行だなんて、彼女の両親が知ったら彼女は一体どうなるのだろうか、歌を止めるか、どうなるのか。何も知らないままプッチーニを歌わせていたとしたらとんだお笑い種でしかないと思うのだけれども、世間一般では純潔を願うものなのかもしれない。プロシュート、みて、と膝の上で再度絶頂の山脈に登ってはその足を踏み外そうとする
マリエの胸に触れれば、随分大人びた声が彼の名前を紡いで身を震わせた。
あっ、あ、だめ、触って、ね?そう甘く問う
マリエはプロシュートが触れずともただその快楽の波に抗えないまま指を離す。いくらか知恵をつけた彼女はプロシュートに触れられたいとそう手を離すようになったので、その手をプロシュートは軽く叩いて一人で完遂させるよう叱ることを愛していた。
「一人でやるって決めたことぐらい一人でやりきれ」
「でも、でもね」
叩かれた手を再び膝の上の水源に戻しながら
マリエはプロシュートの方に顔を埋める。
「触られたほうが、す、好きなの」
「知ってる」
ぎりぎり皮膚に触れるか触れないか、粘膜に触れないギリギリでプロシュートは手を近づけてその熱情を煽る。体温くらいは伝わるのを知っていて、それから粟立つ彼女の肌を弄んだ結果であることは確かなのだけれども、その温度差ですら
マリエは感受したらしく甘い声が喉から鼻伝いに部屋に抜けて水音を彩る。快楽の山頂を越えるだろうという瞬間に
マリエ、と名前を呼べば泣きそうな目をして
マリエは再びプロシュートの腕の中でその頂を滑り落ちてしっとりとした背の快楽の跡を腕に残す。
そのぐったりした
マリエを膝の上から冷たいシーツの上に寝かせてプロシュートはシャツを放る。濡れた指がそのシャツの軌跡を辿るけれど、それに気付かない振りをしながらプロシュートは上から順に服を放る。衣擦れの音と、彼女の吐息が混ざってゾクゾクする。熱の冷めやまない彼女の吐息は確実にプロシュートの皮膚をも粟立てさせていて、プロシュートはその源泉に顔を寄せて彼女の意向を問う。
「さあ、どうしてえんだ」
「ちゅうしましょ」
「ファッキンバンビーナめ」
プロシュートは再びその顔を少しだけ離して舌を出す。それにすがるように
マリエは顔を持ち上げて絡まって、それがはじめの合図のようにプロシュートはシーツに
マリエの体を縫い止めた。見えない糸のように吐息が絡まって水温が響く。底なしの気持ちがむくむく首をもたげてきてももう余裕なんてどこにもなくて、絡め取られた吐息の中でプロシュートは彼女の膨らみに逃げてはその敏感になった乳首を捉え、彼女の足が再びぴんと張られる事を邪魔する。湿った水音の行きつく先まであと少し、この分だと失神しかねないだろうな、という配慮を知ってか知らずか、
マリエはプロシュートの首に手を回して再びの口付けを求めた。その背を再び冷たいシーツに戻して期待に応えながら
マリエに分け入れば、彼女は触れかけた唇の端から嬌声を漏らして、その身をかたく締めあげた。思わずその唇を塞ぎ直せばもう請うたように舌の絡んでくることなんてなくて、
マリエはゆるみっぱなしの唇と瞳孔から全ての快感を伝えてプロシュートを受け入れていた。蝶が飛ぶにはあともう少しだ、と確信しながらプロシュートは快感の斜面を駆け上っては突き落として、それから一緒に滑り落ちては
マリエの双曲線の間に額を置いて直にその鼓動を聞くのだった。
果たして自分が彼女の、あの名曲を歌う声を汚したことは吉と出るか、凶と出るか。クラシック志向にはもう戻せねえな、と思いながらプロシュートは残渣を指につけては
マリエの舌に置く。これが正解なんでしょう、と彼女はその苦味に文句を言いながらそのままプロシュートの指に舌を這わせ、大きなリップノイズを立ててもたれかかる。
20160123 chloe,title quotation from France Gall "Poupée de cire, poupée de son"