糸がもつれる
一緒に仕事を組むのだけはきっと苦手だ、と思っていたメローネとついうっかり仕事が重なってしまった。私は薬のあがりをくすね始めた女を行方不明にさせることで、そのどこに行くんだかわからない相手を確実に、それでいていついなくなったのかハッキリさせないことを仕事として課されていたのに、その対象の女が急に結婚するだとかでよく会っていた男がメローネの殺害対象だったのだ。彼の血さえあれば彼女の肉体を使って、あのおぞましい子供が勝手にどちらも殺してくれるだろうが如何せんこれも人目につきやすい。そもそも女の方に適性があるかどうかもわからないけれど。恐らく彼の好みの通り、気は強いし、ピンヒールで走るのは早いし、なによりしたたかだ。私は彼女がこの結婚する男ではない男とこの一ヶ月の間に別れ話を何度したか覚えているし――4回だ、3人と4回揉めている――それに薬もはねて自分でやっているだろう。末端で品質管理のために元締めが買わせているのを知らないのだろうが、最近品質管理の人間の手にする商品の純度が下がっていることは連絡を受けている。そして指摘をしても聞かないのだからしょうがないね、とお鉢がこうして我々のチームに回ってくるのである。メローネの方の対象は何をしたかは知らないが、この女と結婚する位なのだから恐らく似たようなことに手を染めているのだろうし、狙われるくらいだから相当のタマだろう。結婚式の下見に海岸に行った時なら殺すのに適切なのではないか、ということで
マリエは非常に不本意ながら、この長髪の同僚と結婚式の下見にいくカップルをよそおって辺鄙な街の海辺の崖にいた。
馬鹿みたいにでかくてロマンばっかり先行したバイクを煽りながらはるばる100kmは運転してきたのだ。勿論二手にわかれているのは怪しまれないためでもある。ああ、すみませんと途中休憩していたときにメローネはちゃっかりぶつかって指を切って血を回収していたし、
マリエのほうでは彼女の好みなんて一ヶ月密偵していたら知り尽くしてしまったのだからあとは時間と機会を待つばかりである。あれ、案外馬が合うかもしれない。
崖の上の教会を狙うように岩場のベンチでいちゃつくふりをして1時間は経っている。私は全くいつもと違う色の髪にしていたし、それはメローネも同じで、なおかつ眼鏡なんてしているから面白おかしいことこの上なかった。彼の広げるPCをカモフラージュするように私は大きなカメラを抱えていたし、まるで親しい間柄のように笑い合っていたからきっと取材か何かにくらいは間違われているだろう。実際は一番話したことがない相手だったから今まで話したことがない事柄を話すだけでかろうじて間が持ったのだ。時折変なことを言うところが苦手だった、それだけだ。それから早々にベッドに誘ってくることも。信仰心の欠片もないメローネは教会の中にいる対象をそのまま殺せばいいんじゃないか、だなんて短気なことを言ったけれど
マリエには非常に抵抗があった。何より教会には神父がいる。それに案内も訓戒もしているのだから三人とも殺す羽目になるのはごめんだ、という観点からである。
マリエの信仰心はメローネよりかはあったかもしれないが、本質的にはこんな仕事をしていてあるとも言い切れなかった。乙女の園と言われていたガチガチに神学をカリキュラムに組んだ学校の、シスターに見張られていた少女時代からこんな暗殺稼業に進むなんて神様が実在したら許してなんかいないだろう。今だって聖歌を歌えるし聖句だって覚えているけれど、きっと右頬を叩かれたら次の瞬間には殺してしまう。打ち直せって条があったことは覚えているけれど殺せだなんて書いてあった覚えはない。
まるで眼鏡をかけてパソコンに向き合うメローネにギークみたいだと言ったらそれでプライベートは通しているだなんて言っていたから笑ってしまった。システムエンジニアをしているんだ、だから休みが不定期で、パソコンを持ち歩いている、というのが彼の口説き文句らしい。まったく適当だ。そんなことを言ってもサマになるのはむしろギアッチョのような気がすると
マリエは感想を漏らしたらあいつは結構ガチだろ、だなんてまたワケの分からない言葉が返ってくる。
「ギアッチョってお前の部屋の配線やったんだっけ」
「そう。パソコン買った時だったかな」
「お前の部屋の映像、見てんじゃねえのかな」
「まさかァ、そんなことするわけ無いじゃん」
「でも俺は今日の
マリエのブラがブルーだって知ってるよ?」
ハッとして
マリエが首元から自分の下着を覗きこめば確かにそうで、理由を問い詰める前にメローネは出てきたカップルを確認して何やらガチャガチャキーを打ち込んでいた。血は少しだけ男のもの、それからキスの仕方、体位、まっぴらごめんの個人情報の山を打ち込んでエンターキーを押すメローネに
マリエは何も言えない。それに続くように
マリエも職務に忠実に仕留め損ねないように2人の影が崖をおりてゆっくり海岸に降りていくのを目で追っていた。教育熱心にメローネは新しい子供の教育をする。これはきりんさん、だなんて可愛い教材を出すメローネの姿なんて想像がつかなかったからびっくりはしてしまった。今まで話した事柄だけで言えば、深夜放送でしか流せないみたいな単語しか聞いたことがない。もちろんどんどんその内容は可愛らしくないものに変わっていったが、こちらはもう立ちすくむ女と足を止める男にきちんと照準はついている。物理方面でもばっちりだ。ああだのこうだの、ばかだのいいこだのお父さんの歓声は止まないし、こんなことを掛けられて育った覚えってそういえばあったかもしれないだなんて少し郷愁にもかられていた。対象の2人にもあったかも知れないね。してたらこんな悪いことしなかっただろうしなかったかな。
数分のやりとりと
マリエの集中の後、女の影は崩折れてそれから異変に気付く男も声なくその上に重なって仕事は終わった。女の方はこれから
マリエが行方不明に仕立てるために処分してしまえばいいけれど、男の方は明確な死を求められているからいずれにせよ近寄って物理的な死を演出しなくてはならない。
マリエは立ち上がって平静を気取りながら現場に歩いていった。コートの下のハッシュパピーを手にとって確認する。爪先で男の体を面に蹴り起こして眉間に一発、装填が面倒だからこれでいい、と随分派手な死相をインスタントカメラに収めて女共々地面に溶けてもらった。地下の世界ではどうぞお幸せに。後を追ってきたメローネはさっさとかつらを外していて
マリエもすっかり仕事終わりの気分になってしまう。インスタントカメラを手渡せばいつもの調子でそれをメローネはコートにしまった。
「どうもご親切に」
「こちらこそ」
見上げた崖の上の教会を見ながら私はメローネの後に続いて階段を上る。数段上って終わり、目の前は教会、しゃれたロマンの塊のバイクとそれから私のアルファロメオ。結婚の支度に来た人間みたいな場所とモノの取り合わせだ、そう言う設定だったからなのだけれども。
「帰る前に先に言っておくけどさあ」
「何?夕飯なら、帰って食べたいんだけど」
「下着云々の話は当てずっぽうなんだ、引っかかってくれて嬉しいよ」
「ちょっと、ねえなんなのそれって」
そうかっかするなって。そう言ってメローネは私の手を取るように階段の上から手を伸ばした。私はその手を叩きかけて、手を取られて引っ張りあげられてなんにも言えないままメローネの誠意もなんにもないごめんねを聞く。その後に続くやっぱりブルーだ、の言葉にこの男と一緒に仕事をするのはやっぱり苦手だと再認識した。今後は別に進んで拒否はしないけれども、アジトで軽口に付き合うくらいはするだろうけれども。
20151224 chloe,