極彩色の檻
かわいいね、かわいいほんとうにかわいいよ
マリエ。メローネは正しくきちんとその一つ一つの単語を跳ね上げるように発音しながら深夜に帰ってきた
マリエを部屋に迎え入れる。さ、このまま俺と一緒にお風呂入っちゃおうぜ、今ならお湯だって二人分有ると思うんだ。この時間だぜ、誰ももう寝てるはずだよ、君みたいな夜更かしちゃんじゃあなけりゃあな。
マリエはそれに一度だって頷いたことがない。一番ひどい時だったら、『メローネ、出てって』くらいのことは言ってしまう。ここはメローネの部屋なのに。彼が仕事上いつも帰るわけではないからといって彼女は上がり込んですっかり主人顔をしているのだ。勿論メローネはそれを咎めなどしないしあまつさえ喜んですらいる。
「さあお風呂に入ろう。俺は君のその今の匂いはあんまり好きじゃあない」
「ふうん、あなたはもう入った雰囲気なのにね」
邪魔しないで。メローネにクラッチバッグを投げ渡して、
マリエは紺色のエナメルシューズから足を抜く。黒いストッキングの爪先には赤い爪が透けていて、これだって一昨日メローネが塗り直したものだった。彼は彼女の身支度をすることが趣味と公言しているけれど、その理由は散々なものであった。例えば。
『君が僕のもとに戻ってこれるように爪を塗ろう、どれだけ取れても何回だって塗り直してあげるよ、一番君に似合う色に鍵をかけたい』
これはまるきりメローネが言った言葉と相違ないけれど、
マリエはこれに気持ち悪い、としか反応を示さなかった。メローネは爪先を舐め回すし――
マリエはそれを気持ち悪いと言っても払い除けはしない――
マリエは
マリエでその色なんて気に入らない、と開けかけたマニキュアの瓶を蹴る。丸い膨らんだ、口の細い瓶を蹴ってもあまりそれがこぼれ落ちることはないけれど、この習慣のせいでメローネは何枚か作業場であるところのシーツを無駄に捨てている。
その赤いマニキュアは、確かに数カ月前に
マリエがある男から贈られたものに相違なかった。それを塗ったことでその男を思い出して、
マリエは今夜久しぶりにその男に会いに行ったのだけれど。直線のびん、曲線だらけのふた、それから香水とまるで同じ着香。
マリエはそれを喜んで一度もつけずに忘れてしまいこんでいた。興味が無いのだ。あれ素敵ね、と彼女がショウウィンドウや広告を見て言うのは大概適当な直感で、本当に欲しかった試しなどない。それでも大概その次の週までには大概のものが手の中に舞い込むことになっていたのだから、メローネとしては人生とは何か考えなおす必要がある。
「煙草を吸ったのかい」
「吸う訳ないじゃない、あんなの」
あんなの。彼女は自発的に吸わない。それでも彼女のふわふわとした髪は十分にその匂いが移っていて、メローネは眉を寄せる。
「君から厭味ったらしい副流煙の匂いがするのが気に食わないんだよ、早く俺と同じシャンプーで洗って」
「うるさいなあ、それから私と同じシャンプーにしないでって言わなかったっけ」
メローネの石鹸は、シャンプーは、それからハンドソープも乳液も
マリエとお揃いで、それは飽き性の彼女が変える度にメローネの匂いも変わるのだった。一度ティーンじみたバブルガムみたいな匂いのシャンプーを使っていた時は流石に抵抗があったけれど――何より街中で目立つので――それでも変えなどしなかった。
「ねえ
マリエ」
「お説教ならもう十分」
ストッキングを太腿から足首までおろして、一緒にショートドレスも床に落ちる。下着一枚のまま
マリエはメローネに向かい合って、腰に手を当てて眉を寄せ返した。
「保護者ぶらないで」
マリエの白い太腿には点々と鬱血痕があることくらい知っていた。どうせあるだろうとメローネはふんでいたし、
マリエは付けられたことも気付いていないだろう。煽ってくれるじゃあないか、という感想がメローネの目から指まで電気みたいに通ってメローネはついその太腿に手を伸ばしてしまう。
「保護者ァ?」
「うざったいの、メローネって監視したがり。これじゃまるでうるっさいパパみたいじゃない」
「ウケる」
パパねえ、その呼び方はまだ早いんじゃないのお?メローネが太腿からそのまま下腹部まで触れた手を動かせば
マリエは露骨に嫌そうな顔をして一歩後ずさった。なんでそんな顔するの。まだママになったワケじゃないだろ、別に俺にも他の男にもさんざん触られてんのにさあ。
「監視っていうかさあ、単純に嫌なんだよなあ」
「私の自由ってものを考えたことは有る?」
「ないけど、
マリエをせっかく俺好みに仕立ててんのに、他のやつが触ってるかと思うとゾワッゾワしちゃうね」
いくら俺の仕事が忙しいつったって、君が昼に何をしているのか知らないわけがないだろ。そう言ってメローネは一歩後ずさった
マリエに一歩近づき直して下着に手をかける。僅かな抵抗と、抗えずに解ける紐。その持ち主は抵抗もなく立ったままメローネの顔を見つめていた。
「さあ、風呂に入るんだ」
「……わかったわ」
だから離して。
マリエはメローネが下着を掴んだままなのに苛立ってかメローネのその手を外そうと掴む。
「やっぱり失敗だった。君にはこの色なんかじゃあなかった」
違う色だからきっと別の男にくっついていっちゃうんだろうね。メローネは
マリエの手を外して掴み直して、それから指に舌を這わせる。それはもう丹念に、爪の縁から甘皮まで、それからそばを辿って隣の指へ。爪の表面に歯を立てて、一昨日足と一緒に塗ったばかりのネイルラッカーをまるで薄皮みたいに剥いでしまう。爪が痛むからやめて、だなんて言っても聞き入れてくれないことなど明白だった。まっず、とメローネは細かなくずを唇と舌に残したまま、右手はどうなの?と逆の手をだすよう促して、それに逆らえないまま
マリエは右手も出すはめになる。
20160718 chloe,as a valentine request 2016 ”メローネ 浮気ガールと重い男”