forêt d'hiver

 空気が薄くて張り詰めている、とメローネは思いながら地面に降り積もる雪を踏みしだいていた。蹴ればまだ固まっていない雪がぽんと爪先から先に離れていく。もうとうに雪は降り止んだはずなのに、いまだにこの区画は上から雪が降り続いていて不思議な視界の悪さだった。元々自分の視界は服装のせいで悪いのを棚に上げても見辛いことこの上ない。その上肌寒いし、露出している肌に雪の粒が降りてくることだけがすこし不快だった。革のコート以外に何も着る気が起きなくて、メローネはそれだけを引っ掛けてマリエを追ってきたのだった。マリエはきっと先に行ってしまっていて、もう任務を遂行しているのだろうしオレが行く意味なんてあるのかなァなんて感想もあったけれどその森を奥に奥にと進む。自慢のバイクは入り口においてきた。彼女と対象以外に踏み込んでいる人のいなかっただろう地面はくっきりと彼女のブーツの足跡を残していて、それはメローネのためか、単なる不精かは知らない。十分彼女はそれを消す知恵を持っていたはずだし、普段はこんな足のつくことをした試しがなかった。
 さらさらと葉はその上に積もった雪をメローネに、地面に落とす。ざくざくと地面を踏み込まなければその滑り落ちる音が聞こえてきて何ともロマンチックだと思ったけれど、きっとこの先にあるのはロマンとはかけ離れた情景で、自分の仕事にはロマンも何もない。殺害手段が子供を宿すことというのは唯一ロマンがあるかもしれないけれど。森に入って10分、追ってきた足跡は横に行ったり一瞬飛んだりしていて、追跡をしていたことが伺えた。目の端に今まで白一色だった景色に濃い茶色と赤が見えてメローネは足を留める。一面の雪が積もる地面に二人人間が転がっていて、片方はロングコートを纏った、赤い背景を背負った対象で、それから片方は茶色い見知ったコートを着たマリエだった。ふたりとも目を閉じていたのでメローネはついにマリエも年貢の納め時が来たのかと左手を持ち上げて額に指をやる。地獄では幸あらんことを。額から胸に、それから両肩に十字を切ってメローネは足跡なんて無視してその影にまっすぐ近づいた。
「遅い」
 死体だと思った片方はメローネの足音に気づいてか目を開けてそうつぶやく。雪の滑り落ちる音よりかは大きいけれど、決して大きい訳ではないはずなのにその声はよく知っているせいか思ったよりも大きくメローネに届いた。
「オレが言うのもどうかと思うけど、趣味悪いぜ」
「なんか葉っぱから雪が落ちてくるから」
「だからって死体の隣で普通、寝るかよ」
 メローネは横たわるマリエに手を伸ばして起こそうとする。彼女はその手を取らずにまっすぐ上に手を伸ばして起き上がろうとはしなかった。
「何か不思議よ、雪が落ちてくるのを真下で見るの」
 メローネもしない?とマリエは笑う。オレにはそんな趣味はないぜ、とメローネは強引にその伸ばされた手を引っ張ってマリエを起こして肩についた雪を払った。その積もった粒は冷たいことこの上ない。せっかくのアンゴラのコートを適当に扱うやつがこんなところにいるなんてなぁ、今回のパートナーがオレでよかったよな、他のやつだったらきっと説教まみれだっただろうに。何も怒らないからメローネと仕事するのは大好きよ、としょっちゅうアジトのリビングルームで言っては他のメンバーから説教をされているのはもはや日常風景で、メローネはその頬に御礼とばかりに挨拶代わりにキスをするのも日常だった。それでも一番ぎゃんぎゃん怒る誰かさんが彼女のことを最も誰より心配しているのは知っているし、それについて煽りも触れもしないように至極平静を装っているのを彼女は知っているのだろうか。一生知らないで死んでくれたほうが幸いだと思ったことも嘘ではないけれども。
「冬ってこんなに空気が薄かったかしら」
「薄くて冷たいな」
「死ぬなら冬に死にたいなぁ」
「予行演習って訳か」
 起こしあげたマリエは、横に眠っていた対象の死体をもう一度確認してメローネに本人確認を求める。そうだな、と確認してこの仕事は終わり。シチリアから北はトレンティーノまできたのだ。疲れの色は隠せなかった。そもそも気候が全然違うので、体感温度もまるで違ったのだ。起こしあげたメローネの腕の中にマリエは倒れこんできて、さ、かえりましょうだなんて見上げていた。
「冷てっ」
「メローネが来るのが遅いからだってば」
「ったってよお、電車が遅れるって電話しただろ?」
「うん、だから一応はバールで時間つぶしてたのよ。時間が来たからこっちに来たけど」
 唐辛子入りのチョコラータなんて飲んじゃった、とマリエは報告する。上を見て、だなんて言う言葉につられてマリエの視線と揃えて上を見れば、ちらちらと葉から滑り落ちる雪が視界に舞っていた。
「何か違和感があるな」
「ね、空は晴れてるのに」
「まさかこれを見せたいがために抱きついてきたのかな?」
「そう」
 メローネは可愛い子ちゃんめ、といつものリビングルームでの調子で腕の中のマリエを抱きしめたけれど、腕の中のマリエはいつもどおりというわけでもなく顔を上にあげたままメローネの顎先にちゅっと音を立ててキスをしてきた。このまま均衡を崩してもいいのかな、と思いながらもメローネは受けたお誘いをそのままに前の開いたコートの中に手を伸ばした。ニットの下の腹部はまだまだ冷たくて、早く街中に戻って暖かい部屋でもとって続きをしようと誘い、マリエの体を再び地面に立てた。
20160105 chloe,