siesta

 波状に訪れる快感から逃れようとマリエはシーツを掴もうとしたが、思ったよりもきつく手首は帯で縛られていたようでその指は虚空を掴む。行き先のなくなった快感は指先から身体に戻って、腕を、上半身を震えさせ、マリエは次の波に耐えられず露伴の耳元に声を漏らす。露伴の腰が打ち付けられマリエの内奥を探索する度に、露伴の唇はマリエの額を辿り、髪が二の腕をさらっては快感のさざめきを齎していた。さっきまで外は蝉の声で煩かったはずなのに、もうお互いの漏れ出る声しか耳に届かない。最早声になんてなっていなくて、湿度のある音が魘されるようにお互いを求めては、視点は定まらないまま相手の目を捉える。尤もすぐに感性の波に捕われてまぶたは閉じられ、マリエの腰を掴む露伴の手に汗が滲む。  何度目かの波か、いつもであればマリエの両腕は露伴の首の後ろに回されて、いくらか露伴の背中に傷を作っていただろうとき、その腕は頭の上で結ばれていた。快楽の波に飲まれてしまうとき、逃げ場のないマリエはいつもよりもまともにその波を食らって嬌声に紛れて露伴の名を呼ぶ。きゅうとその中で露伴を求め、キスを求め、止まらぬ快楽の波を露伴に求めていた。露伴もその快楽の波の感覚を更に早めては捕食するかのようにマリエの唇を噛む。露伴はそのままマリエの内奥に深く息を潜めて吐精し、マリエの上に崩折れる前に身を引いてはぱちんと音を立てて重さを含んだ避妊具を外した。身を離せばマリエは急に自分の中にあった熱量が失われてもの寂しく、明確にろはん、と重みを含んだティッシュペーパーを壁際の箱に投げる男の名を呼ぶのだった。
「はずして……」
「もう飽きたか?」
「いまは、いや」
 二人の皮膚の表面をうっすら汗が覆っていた。いつもそうだ。春夏秋冬問わず、いつもこうして息も絶え絶えに求めあったあとは絶頂の回数だけ汗をかいていた。露伴はマリエの手首に手を伸ばし、自分が止めた浴衣の帯を外しながらその湿度を確かめていた。わずかながらにマリエの手首に圧迫痕が残っている。このあと消えるだろうが、少しきつく留めすぎたようだった。
「きて……」
 マリエは自由になった腕を横に投げ出し露伴を誘う。露伴は手に持っていた帯を投げ捨て、マリエの横に身を滑り込ませて目の下に浮いた汗の雫を指で集めるのだった。
「ちょっとまだ痺れるね」
「キツく締めすぎたな」
 謝罪の代わりにキスを一つ、鼻先に軽く落とす。まだ波が収まらないマリエは大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐いてを繰り返していた。露伴は徐ろにまだ上下をする胸に手を置き、そのさざめきを手から聞く。
「こんな夏休み、はじめて」
「そうだな」
「おなかがいいな」
 マリエの手に導かれ、露伴はマリエの胸から下腹部に手を滑らせる。大抵何度も求めあったあとマリエはこのように下腹部に手を置くことを乞う。曰く、盛り上がりすぎてしまうと痛くなるものの、手が置かれるとじんわり温かくて気持ちがいいらしい。たまに、このように白くてなめらかな曲面を撫で回しているとそのままもう一戦繰り広げられることもある。今日に限ってはないだろうが。我儘な口が開かれずともキスをせがむ声を出したので露伴は手をそのままに唇にキスをした。
「露伴……」
 とろんとした瞳が露伴を捉える。その声は先刻までとほぼ同じ甘さで露伴の肌を滑り、視線でそれに返事をする。
「欲しがり屋め」
「あなたのせいじゃない」
マリエがそう望んだからじゃあないか」
 そうだけど、とため息交じりにマリエはつぶやき、眉根を寄せる。そう、これはマリエが望んだから。仕向けたのが露伴であったとしても。陽はまだ長く、木々は緑の影を色濃く障子に映し出し、今朝運転していたときよりもずっとその陽が眩しいことに気づく。眼下のマリエは疲れてか、目を伏せたまま空いた手で浴衣を探し、半身に掛けようとしていた。
 シャワーでも浴びに行かないかと誘えば、もう少しだけこのままでいたいの、なんてマリエの返答につい急かすように手を下腹部から動かす。くすぐったがるようにふふふと声が上がり、自分の手の上にマリエの手が重なる。
 少しばかり眠気が来ているが、どうしたってシャワーを浴びてしまいたい。薄く差し込む陽が彼女の髪を透かして、肩口に留めた鬱血跡を照らし出していた。重なった手をするりと抜き、点々と肩から背中に伸びているその赤に指を伸ばせば、マリエは少し身じろいで、起きるね、と目を開けずに声を上げる。
「シャワー浴びて、もっかいお風呂入りに行きたい」
「寝るなよ」
「お水も飲みたい……」
 マリエは我儘だな。つい露伴が口に出した言葉が今日幾度となく囁いた言葉であることはあまりにも無意識下の行動だった。それに対応するように、やっと開いた瞳はずっと閉じていたせいか潤んでいて、いじわる、と形作る声がひどく扇情的に響く。視線が交差したところから熱が発生しているようだ。背中にぞくぞくと響く熱にうなされる前に露伴は再びマリエの唇にキスを落とす。これじゃあ風呂はお預けかもしれない。それもまた一興。まだまだ休みは終わらない。



 久々に長めの休みが被ったので、彼女の念願叶って山奥の温泉に来ていた。ゆっくり羽伸ばしがしたいの、という彼女は部屋についてすぐに部屋の露天風呂に向かう。手には読みさしの専門書。何が羽伸ばしだと露伴は思うものの、こんな山奥に来てはすることなどそれしかない。手持ちの本を読むか、風呂に入るか、睡眠を取るか。それが複合的になっただけのことだ。そのために部屋付きの予約を取ったんだとも思ったが、木陰の下で湯に身を預けるのは思いの外快い体験だった。少しばかり涼しい山風が肌を濯ぎ、いくらでも入れる……と思った矢先にマリエは少しのぼせた様子で岩にもたれて休んでいた。木漏れ日が彼女の肌を白く透かす度に露伴は視線を送るが、彼女は一向に気もつかず休んでは本を開き、本を閉じては湯に身を沈める。ピンクに上気した頬すらこちらからしたら扇情的なのに、一向にこちらの意を汲もうとしないのもまた岸辺露伴を誘うことに他ならなかった。ちょっと上がるねえと声が掛かったのをいいことに露伴もそれに続き、彼女の濡れた身体を拭くふりをしながらタオルごと後ろから抱きすくめる。
「羽は伸びたか?」
「あっつ、あっついってば」
 脱衣所に設えられた扇風機が体の熱を奪っているのになお、マリエはそう言って身を捩る。本当はわかっていたんだろう、鏡の向こうのマリエは上気した頬のまま応えるが、その身に力は入っていない。
「水飲みたい……」
「のぼせるなよ」
 露伴はマリエを離し、出しておいたボトルの水の封を切る。一本を彼女に、一本を自分に。半開きのキャップをカチリと音を立てて彼女は開け、白い首を顕にしながら口にする。露伴も失った水分を取り戻すように水を飲むが、その速度は彼女のそれよりも遅い。
「ありがと」
 ボトルの半分弱を飲んで彼女は再びタオルを身に寄せた。幾らか顔の白さが戻りつつあるが、それでも身体はまだ上気しているようだった。首筋に手を伸ばせばまだ熱く、唇に口づければそこだけ冷たいのがコントラストを強めている。
「ちょっと涼みたいな」
「部屋の中で?」
「うん」
 本当に涼みたいのかどうか、露伴には判断がつかないでいた。事実、のぼせかかっているので涼みたくはあるだろう。一方でこちらからの他意については気づいている上で気づかないふりをしているのも事実だ。身体の水分を払うマリエの腰に手を回せば、わざとらしくいや〜と間延びした声を上げるのだからなんて我儘な女だろう。これはわかっていてやっているときのフリだ。いい気になっていることだけはよくわかっていて、このまま寝でもしたらどんなに我儘な振る舞いをしていたか全て忘れるのだろう。
「やだよ、まだ昼だもん」
 しゅるしゅると衣擦れの音を立ててマリエは浴衣に袖を通している。合わせの間から手を忍び込ませれば、鏡越しにマリエはそう文句をつける。彼女は飲みかけのボトルと本を掴んで脱衣所を後にしようとしていた。露伴も続いて出ようと思うが、先程の木陰の下の白が目に焼き付いて離れない。
マリエ
 ん?と振り返る彼女はまた再び水を口に含んでいて、冷房をつけたままのベッドルームに足を向けていた。いくらか休んでまた入浴する気でいるのだろう。それか昼寝でも決め込むつもりか。
「僕も隣で本でも読むかな」
 ほかほかのマリエはおいでよ、だなんて嬉しそうに笑ってぱたぱたとスリッパの音を立てていった。いつもの週末よりいくらか楽しそうで、なんだかんだと言って休暇を享受していることだけは伺える。

「もういきそう?」
 マリエの眉根が寄せられて、眉がきゅうと谷を形どっている。強い快感に身を泳がせまいとしている顔はいっそ苦しげで、息をこぼすまいと結ばれた唇は露伴の名を呼ぶことはない。
「なあ」
 粘膜の間に埋めた指をゆっくり動かすだけで結ばれた唇を避け、鼻から息が漏れているのがわかる。ぎゅうと露伴の指を締め付けて離さない粘膜はマリエがそろそろ快感の波に身を任せつつあるのを如実に伝えてくる。
「返事くらいくれたって構わないだろ?」
「や……」
 ずるり、と露伴は締め付けられた自分の指を抜いてしまう。抗議にも似た潤んだ声が下から上がってきて、マリエは快楽の海から抜けようと身を起こそうとする。露伴は身を起こしかけたマリエの腕を押し、再度ベッドに揺り戻した。おもちゃを取り上げられたみたいな非難する目がふたつ、露伴の瞳をまっすぐ捉える。
「だめだね。一人で勝手にいくのは許さない」
「なんでえ……」
 は、と大きく息をついてマリエは声を上げる。露伴はそのまま再びマリエの中に指を浸し――ゆっくりと沈めては中をくすぐるように動かして表情を伺う。非難の色を示していた声は開いた唇から快感の色を纏い、漏れ出る吐息に変わる。
「へえ、こういうの好きなんだ」
「あ……っぁ……」
 露伴の指は弄ぶようにマリエの中で蠢く。曲げ、反らし、奥を辿っては内側を抉るように折り込まれる。次第に他の指も同調するようにゆっくりと周辺を辿り、次第に親指の腹で張り詰めた陰核を押しつぶす。その圧力と同調するようにマリエは露伴の指を締め付け、声にならない吐息を漏らしつつ時折背中をぴくりと跳ねさせるのだった。
「だめだよマリエ。昼からしないって君が言ったんじゃあないか」
「や……む、無理っ……」
 言葉とは裏腹に、マリエの膝頭は刺激に応じて内側に内側にと閉じていく。つま先がシーツに波を刻み、内腿が露伴の腕を捕らえようとするが、露伴はそれに対して肘で閉じさせまいと抵抗する。
「無理じゃあないだろ。ちゃんと我慢しろよ」
 やだやだやだ、とマリエは泣きそうな目で露伴を見上げながら首に手を伸ばす。それがいつもの通り、絶頂にほど近い状態であるのは明白だった。彼女はこうしていつもその直前にキスを強請る。尤も、そう習慣付けたのは露伴の手に寄るものだったが。
「ね、……いっちゃう、ろはん……」
「駄目だね」
「やだ……やっ……だめ、……っ、いく、いっちゃ」
 駄目だ、と露伴は笑って囁くものの、マリエはなおも縋り付いて懇願する。露伴の唇はマリエの唇を避けて額に落ち、おねがい、と絞り出すような声が耳元に吐息とともに届けられる。
 昼間の、これに至るまでの我儘さとは真逆の態度に露伴は満足感を覚え、煽るようにマリエの入り口を探るように指を滑らせる。眼下のマリエは潤んだ瞳で露伴の瞳を捉えていて、わずかばかりかその堤防は決壊して目尻の側に筋を残していた。
「駄目だよ」
 離さないで、と言わんばかりに締め付けている中からするりと露伴は指を抜く。絶頂の頂きに漸近していた最中なのをわかってやったけれど、荒い息遣いの中からやあ、と嘆願する声が上がるも露伴が再び陰核に親指の腹を押し付ければ再び苦しげに息を漏らす。
「どうして欲しいの」
「わかるでしょ……」
「わからないね」
 露伴は笑いながら指を離し、また入り口に指を添えては言葉を待つように誘うのだった。
「なあマリエ、教えてくれよ」
 きゅうと中に滑らせた指を曲げながら露伴は問う。なあ。再びの刺激にマリエはぎゅっと首筋にしがみついて顔をうずめていた。漏れ出る吐息が熱く露伴の肌を滑る。ほら、言ってご覧。わ、か、る、だ、ろ?ゆっくり囁く声と同調して露伴は指で奥の深いところを刺激する。その度に腰が逃げるようにびくついてがくがくと膝を震えさせるのだった。熱い粘膜はその動きに反して露伴の指を逃さないように抱え込み、露伴の指から手を濡らすばかりだった。
「し、したい……さ、最後まで……して……」
「手と僕と、どっちがいい?」
「ろ……露伴!」
 良く出来ました。露伴はそのまま指で奥を刺激しながらマリエを再びベッドに押し戻す。もういってもいいんだよ、と囁く最中から既に腰はねだるように動いていてつま先は却ってぴんと絶頂を待っていた。このままではお望み通りとはいきそうにないなと思いつつも、露伴は締め付けがいや増す中でその指を引き抜いた。代わりに露伴は身を起こし、十分に待った自身を押し当てた。閉じようとする足を身体を使ってこじ開け、マリエが待って、なんて形骸的な言葉をこぼしかけたところで一気に奥まで穿つ。十分に潤った入り口は抵抗もなく、奥の引っかかりまで締め付けながらもなめらかに呼び込むのだった。
「あ……っあ……ろは……露伴……」
 許しを請うような喘ぎ声の中、マリエは更に一段と露伴を締め付けては身体を震わせる。そのまま入れてもらえなくなってしまうような気もしながら、露伴は慣らしもせずに腰を打ち付けては引き、奥にねじ込んでは快感で浮く背を押さえつける。快感から逃げる余地もなく、マリエは快感の波をまともに食らいながら今にもその意識を離そうとしていた。
「っ……んん……ぁ」
 小さい嬌声と共に、粘膜が強く収縮してその頂点から滑り落ち始めたことをマリエは露伴に知らせる。細い腰は露伴に組み敷かれてなおびくびくと痙攣してその快感の波を流し、息を止めてはその快感に身を委ねているようでもあった。露伴はその波を実感しながらも自身の欲望を満たそうと身体を動かすことをやめない。止まらない快感にマリエは困ったみたいに息を吐き、眉を寄せながらぼろぼろと涙をこぼしていた。
「ごめん、もうちょっと続くよ」
 力の抜けたマリエは抵抗をするでもなく、涙をこぼしながらそれに同意するようにすこしだけ頷くように見えた。指がシーツをわずかに手繰り寄せていて、出来た波が彼女の体感している快感を可視化されているようで可笑しかった。露伴はいつもよりも自分勝手に動きを早め、漏れ出るマリエの吐息を聞けば聞くほど自分の快感もせり上がってくるのを感じていた。次第にまた次の小さい波が彼女の身を捉えようとしていて、わずかながらも弄んだ罪悪感から露伴はその波に合わせるように自身の熱を吐いた。
 もう少し休んでから、今度は趣を変えてもいいかもしれないと露伴は脱ぎ捨てられた浴衣に目をやりつつ身を起こす。すっかり汗ばんで触れ合っている箇所が吸い付いているような感触で却って快くすら思える。数回の快感の波に捕われてはそれに翻弄されているマリエの息は未だ荒く、ぜえぜえと大きく息をつきながら露伴を呼び、甘い倦怠感から露伴はその身をマリエの横に再び置いた。
「水飲みたい……」
 今日何度となく聞いた言葉が隣から聞こえる。後でな、と露伴は返事をしながらマリエの目尻に残った涙を掬う。顔にかかる髪もいくらか湿っていて、続きは再度身を清めてからでもいいかもしれない。もしお互いの身体が許せばの話だが。


20210801 chloe