黄昏に溶けるひと

喫煙者こそよく甘いものを摂っているとマリエが思うようになったのはつい最近で、いつも軒先で煙草を一本吸って店内に入って来てからダブルのジェラートを頼む美形をきちんと認識した時期に等しい。
背の高い、小顔のその男はいつも夕方に一本吸ってはタブレットを口に放り込み、私にダブルで、と言ってから味を選ぶのだ。客の少ないその時間に私は手持ち無沙汰に早めの閉店準備を始めているから、いつも来るその注文に対してダブルのコーンをひとつ準備する習慣をつけるのは簡単だった。大概彼はミルクとフルーツの味を選ぶ。マラガなんて似合いそうなのに選んだところをみたことがないので、ちょっと可愛げがあるななんて思っていつも注文を受けてはコーンに載せていた。上にミントの葉を飾るなり、フルーツジェラートの上に乗っているフルーツの輪切りを乗せるのは個人的なお得意様へのサービスである。それに気付いてか気付かずかは知らないが、この人はいつもニヤッと笑っては多めにチップを置いてくれる。

今日は雨だから来ないかもしれない、と思いながらマリエは店仕舞いを少しずつ始めていた。秋が深まってきたからか最近は観光客が減ってしまった。それは毎年のことなのでなんとも慣れたことだったが、常連ばかりになると出る品種が決まってきてしまうので毎日ジェラートを作る店主が少し悲しげな顔をするのだけがネックなのである。新しい常連こと、あのスーツの男が毎回片方は違うジェラートを選ぶのを一番喜んでいるのは店主で、職人肌の彼は最近また新しく品種の研究をしている。そして店番なんかせずに大概昼にくる彼の友人達、これもまた常連のおじいちゃんたちではあるが、にいろいろな味を勧めてはお喋りをして、夕方こうして奥に引っ込んでしまうのだ。
時間が6時を周り、そろそろ暗くなって来た頃に見知った影が軒先にあった。寒々しく暗い外に白い煙がのぼっている。こちらが気付けば向こうも気がついたのか、視線がちらと投げられてマリエはコーンをひとつホルダーにかけた。チャオ、と彼がドアを開いてくるまであと数分といったところだろう。今日は何を選ぶのだろうか、個人的な今日のお勧めはやはりかぼちゃなのだけど、とマリエは思いながら声を待つ。
「チャオ」
「チャオ、今日は何にするの?」
「そうだな、ミルクと、何だ……」
きれいに尖った顎に手を当てて彼はショーケースを覗き込む。かぼちゃがお勧めです、だなんて言えるほど彼の好みは知らないし、そもそも彼の傾向のフルーツでもない。明らかに今日の昼に人気だった栗に視線が移り、それから赤い実のたくさん混ざったベリーに視線が移っていくのをマリエはただ注文を受けたミルク味を練り直し、コーンに乗せながら観察していた。へらを立てて掬い、コーンに立たせるように滑りいれる。だいたい山を半分作る気持ちで、真ん中におまけを置いたら完成だ、というのは働き始めた当初の店主の言だ。
「ミルクと、何が合うと思う」
「ええ……」
思いもよらないその一言に、コーンを取り落としかねないと思いマリエはコーンをホルダーにかける。ミルクに合うもの。できたらこの間とかぶっていないものを指し示しているのだろう。
「いつもフルーツを選ばれますし、うーん、案外栗なんか、季節だし合うと思うんですけど」
「ハッ、好みはバレてたってわけか」
「お、お得意様ですから……すてきな」
綺麗だからいつも気にしているだなんて言ったら笑われてしまうだろう。それでいい、と言い硬貨をトレイに置くプロシュートの向かいでマリエは栗のジェラートを練っては掬い、半分山のできているコーンに滑り落とした。最後に付け足した一言に恥ずかしさで震える手を隠すようにウエハースを二枚さして、ペーパーナプキンに持ち手を包んでVoila,と手渡した。予想外に目の前の男は、そのコーンと共にマリエの手を包む。
「お得意様ねえ」
プロシュートはその手を包んだままウエハースを1つつまんで器用に2つの味を乗せ、口に運ぶ。
「お得意様向けのサービスっていうのを期待させてもらおうか」
「是非今後もご贔屓に」
かろうじてそう返せたマリエを尻目に、プロシュートはカウンター上のプラスチックスプーンを1つジェラートに差し手の中からコーンだけを掴んで離れた。チャオ、の一言でその姿は遠ざかって行くけれど、手に残った体温に艶めかしい彼の視線を感じて、冷たく冷えきったアイススコップをマリエは再び手に持つ。もう店仕舞いの支度を始める時間がすぐそこまできていた。
終業後、一杯飲んで帰ったマリエは、家のドアに、一輪のダリアが差してあったことに喜びつつも、その花弁の白さと夕方の客人の姿が重なって見えてしまう。これは今まで思っても見なかった裏道に迷い込んでしまったかもしれないと思いつつも、その花を捨てれずにマリエは窓辺にそれを活け、名前もろくに知らない送り主の姿を待った。
20151207 chloe,