飛び級
「露伴って本当に子供だったことがあるの」
マリエは笑いながらそう言った。その手には庭にあっただろう雑草の束が握られていて、器用にそれを編んで冠にしたらしい彼女は草の青臭い匂いを部屋に持ち込んだ張本人のようだった。
「都会っ子だった私でさえ、シロツメクサを冠にすることくらいできるのに」
「僕だって都会っ子だったさ。生まれはこっちってだけだがねえ」
第一都会にそんな草が生えてる所があっただろうか。都心の大きな公園の芝生でさえ、管理され尽くして雑草にも等しいそんな草を見た覚えはなかった。都心住まいの漫画家をしていた頃は、デッサンによくそういう公園に通っていたからわかる、露伴はそう思いながら雑草の冠を被る
マリエを見ていた。
「露伴少年は女の子と公園遊びしなかったのかな、まあ、それはそれで嬉しいけど」
指輪も作ったことないんでしょう、そう言って
マリエは手に持った束から器用に輪を作り、露伴に差し出す。怪訝そうな顔をしながら露伴はそれを受け取って、まじまじと眺めた。こんな無駄な行動はしたことがなかった。これが子供一般のすることならばリアリティがある、自分がしたことがないことだが。
「子供の時、君は今みたいに誰かに指輪を作ったのかい」
「そうねえ、結構作ったし、貰いもしたなあ」
「フン。案外安上がりだったんだな」
ひどいなあなんて言いながら
マリエは露伴の淹れていた紅茶を口にする。本来、今日は露伴の庭の草刈りだったはずなので、こうして彼がちょっとだけ良いお茶を用意していたのは彼女も知っていることだろう。しかしながら彼女はそれにわざと気付かないようにして露伴のことをあおっているのだった。いつもだったら、これいつもよりおいしいね、なんて言って笑うはずだったのだから、露伴にしてみれば面白くはないだろう。
「露伴はシロツメクサでも指輪あげたことないんだもんね、しょうがない」
「何がしょうがないだ。そんなもの」
「ひどい」
お金のかかってるものじゃなくて露伴が作ってくれたもののほうが嬉しいのに、そう言って
マリエは露伴の指に挟まっている先刻彼女が作ったシロツメクサの指輪を取り上げる。それはもう抜かれてから時間が経ち、体温でしおれかかっていた。
「続きにとりかかるね」
ぽいとそのしおれかかった草と、ほかの束をゴミ袋に投げて彼女は席を立つ。機嫌を損ねたことは明白だった。シロツメクサでも、という言い方が気になったが、思えば3年付き合っていてもお互いに何も贈ったことはなかった。指輪どころの話ではない。露伴は露伴の気に入った物を身につけるし、
マリエは
マリエの気に入った物を身に付けている。これに何の異存もないと信じていた。いつだって自分はこだわって買ったものを身に付けているし、彼女は違うネックレスをしているんだから、自分と似た感性なのだと思っていた。そしてお互い、十分に大人なのだからそんな高校生みたいに特別な贈り物なんて必要ないとも。もしかしたら彼女はなにか贈り物に夢を見ていたのかもしれないし、単に露伴のおままごと経験のなさを突いただけなのかもしれない。わからない。
「おい」
露伴は彼女の後を追って庭に出る。
マリエはすでに彼女の言うところの作業に戻っていて、今度はあざみの枯れかかった株を切り落としていた。
「なあに、露伴はあざみでカゴ作ったこともなさそう」
「そりゃあもちろんないぜ。それよりだ」
マリエが抜いて山にしている雑草を避けて、露伴は彼女の隣にしゃがみ込む。緑の雑草だけで良いといったのに。あざみの棘は危ないからやらなくてもいい、なんて言ったら逆に危ない目に遭いかねないな、と少し考えていた。彼女の手には軍手があるし、剪定バサミもあるけれど、不本意な怪我をさせたいわけではない。
「これをやるよ、別に僕が作ったんでもないし、指輪でもないけど」
ついでに言うと君の否定したお金のかかってるものだけど。露伴は自分の耳からイヤリングを引き抜いて
マリエの耳につけようと手を伸ばした。日差しの下で、帽子に隠れていてもその耳は熱かった。それからはじめて、露伴は彼女の耳にピアスホールがないことを知った。自分の耳とはずいぶんと形も大きさも違うそれに自分のイヤリングをつけると、なんだか違うものだったかのような気がしてしまう。
「え、そんな、なんで」
「なんでじゃあない。いいんだよ、受け取っとけよ。もっとも、もう片方も付けないとみっともないから顔をこっちにむけるんだな」
「じゃあ、あとでつけて」
イヤリングだから落としたくないの。そう言って彼女は再び剪定バサミを手にとった。まだ怒っているのかもしれないし、それが本心かもしれない。尤もどちらでもある可能性はある。
「あとでじゃあない。それに、この草は危ないからやらなくていいって言っておいたろう。部屋に戻ろう」
ぱち、と枝の切れる音を最後に剪定バサミを取り上げて、立たせて家の中に連れ込む。まだ他のもある、とかなんとか言っているけれどそんなことはもう今日やらなくったっていいじゃあないか。
「幼児が雑草でプレゼントをつくるのは、まあ、そういう歳だからわかる。それから高校生が趣味の悪い安物を贈り合うのも」
後ろ手にドアを閉めて、さっきの休憩のように彼女を椅子に座らせる。まだ腑に落ちていない顔だ。何度と無くデッサンした顔。
「でも僕はもういい大人だからそういう段階じゃあない」
ぱち、と露伴は自分の残った耳のイヤリングを外して彼女の空いた耳につける。留め金のネジは一番きつくしておいたから、多分落ちないだろう。鏡か外した時にしか見たことのない自分のアクセサリーを他人が着けているのをみるのは、露伴にとっては新鮮な感覚だった。
「指輪は今度だ」
「露伴」
「せいぜいどんなものがいいだとか、見当でもつけておけよ」
ありがとう、と軍手をつけたままの
マリエが露伴に抱きつく。青々とした匂いの中で、贈り物をするのもまんざらでもない体験だと思いながら、でもやっぱりこの色気のない匂いは頂けないと彼女を見下ろした。彼女の髪の中でよく見知ったイヤリングが光るのは、なかなかどうして扇情的だということに露伴はこの時初めて気付く。
20150705,chloe.