サンタクロースはおばけじゃない
せっせと安っぽいプラスチック製の緑のツリーに飾りを吊るす
マリエを露伴は放っておいていた。もちろんそれは露伴の買ったものでもないし、露伴の意思で購入を決定したものでもないからだ。ただこの家は露伴の持ち物であるから一言くらい何か言ってもいいのではないかと思っていたが、その作業を一瞬見た編集某氏にいいですねえ、だなんて言われてしまったし、もともと咎める気もないのだから何も言わないでいたのだ。
マリエ編集が来た時にはその作業を中断してコーヒーを出していたし、良いアシスタント然とした仕事をしていた。アシスタントなんかでは全く無いのだけれども。
「何を期待してるか知らないけど、うちにはサンタクロースは住んでないぜ」
「露伴のところには来ないよ、普段いいこにしてないからね」
赤くて丸くてつるつるした飾りをふんだんにつけられた、小さなツリーは結局窓際の一等地に置かれることになった。猫がいたらきっとそこを根城にしただろう日の差す位置で、外から目につくあたりだ。ツリーはサンタクロースへの目印になるとも聞く。それを揶揄した結果がこのとおり普段の生活態度を指摘されることになるとは。
「露伴はねえ、もう少し編集の人とか、配達の人とか、よく来る子たちとか、いろいろ優しくならないとダメだよ」
「優しくした所でもう僕は大人だからサンタクロースなんて信じてないぞ」
「やだなー」
にこやかな批評は赤くて丸い飾りによく映る。玉に映る
マリエは逆さ向きに笑って赤い顔をしていた。
「サンタさんは忙しいから子供のいない家庭には外注するのよ」
「子供だましだね」
「雇用契約書、みてみる?」
「フン」
ばかばかしい。子供だましのはったりを放っておいて露伴は再び机に向かう。とはいえ一回の休みがあるから、特に仕事は単行本の作業しかないのだけれど。クリスマスに正月に、もうそれのためのカラー原稿だってとっくに出してしまった。これから先にあるのはヴァレンタインデーくらいだけれど、そんなの関係のない内容であるし、単行本の表紙カラーだけをしておけばいいのである。こんな日にすることでもないけれど、かといって彼女の口車に乗る気もない。陽はまだ暮れないし、めずらしく手持ち無沙汰ということになってしまったのだ。外に出るには混んでいるのは明白だったし、外食に誘おうともトニオの店もきっと予約でいっぱいだ。
マリエも何か食材を買い込んでいたから、何かしらするつもりでいるんだろうし外に出る選択肢もほぼないに等しいのだ。
「サンタのお姉さんはねえ、ちゃんと露伴くんが欲しいものを知ってるんだよ」
「へえ」
「もっと喜んで欲しかったな」
机に向かったまま露伴は生返事をしてしまう。だめだ、全く集中していない。そもそも作業が明確にないから集中していないのか、単に気が抜けただけなのか、面倒なのか分類ができていない。背後から温かい気配がして、かさかさした音を立てながら露伴の肩に何かの包みが触れた。
「中身は何だい」
「それはおこちゃま本人が開けないと」
「仕事中さ」
「ほんとに仕事してたらこんなに会話してくれないでしょ」
参ったなあ、と指摘に振り向けば顔にその紙包みが当たる。赤と緑の最悪な色の組み合わせの、いかにもクリスマスを意識している紙包みの封を探して切って開ければ、中からはとろんと柔らかいカーディガンとそれから薄い箱がこぼれおちてきた。
「僕がシャツの上に着るのがないって言ってたのを覚えていたのか」
「気に入ってくれた?」
「まあね、それでこれは?」
薄いさらに包装された箱を手にとって、肩に手を掛けて開封を待つ
マリエに聞けば、早く開けてとしか答えは返ってこない。るんるんだ、このサンタは。子供じみた遊びに付き合わされるのも楽じゃないなあ、と露伴は内心喜びつつもその封を切って開ける。開けた所で箱が現れるだけで、さらにそれを開ければ布地の上によく見知った形の金属がころんと乗っかっていた。ペン先を長くしたような形のものだ。
「ネクタイピンか」
「この間のパーティーの時、なんか落ち着かないなと思ったから」
「これ、どこで買ったんだよ」
「……フィンランドのサンタさんのプレゼント工場だよ」
白々しい嘘を言うサンタ・
マリエの手を取れば、嬉しい?だなんて当たり前のことを聞いてくるものだから露伴は椅子を回してそのサンタを膝の上に乗せようとする。びっくりした顔の
マリエはすこし照れた顔をしていた。全く、白い髭があったら紅白でめでたい色合いになるだろう。どこかの工房にでも頼んだに違いない。市販品でこんなのがあるわけがない。
「サンタクロースにはお願いこそすれ、お礼を言ったことなんてないなァ」
「そうねえ、私もないわ」
そうだよなあ、手紙は昔に書いたことはあったけれど、お礼なんて出したことはない。それにこんなこと予想も指定なかったから、自分がその立場になることなんて微塵も考えていなかった。
マリエが何をほしいのか、岸辺サンタは知らないのである。
「
マリエは何をお願いしたんだ」
「えっとねえ」
カーディガンをはさんでさらにその向こうに
マリエはされるがままに露伴の腕の中に捕らえられていた。肩にもう一度手を回してそうだなあ、だなんてまどろっこしい感嘆を挟んでは露伴の気持ちを煽る。
「岸辺露伴先生が、外でも家でもいい子にしてますようにってお願いしたっけな」
「なんだ、そんなことだったのか」
受賞パーティーの時に飲み過ぎたことを指しているのか、感想を求められて不遜にしていたことを指しているのか、それともその時に部屋に帰ると行って全く記憶のない所で飲みつぶれて一晩まるまる待たせた事を指しているのか、関連する事柄を思い出そうとしても枚挙に暇がない。あれはひどかった、と自分でも反省はしている。
マリエは実家にも帰らずホテルで一人で待っていた。朝に帰ったら泣かれたことを未だに岸辺露伴は悔いているし、その埋め合わせはできないまま半年以上が過ぎている。その後も相変わらず彼女は家に来ては普段通りに過ごしているし、それに露伴が甘えていたことも事実だ。泣いたら忘れるタイプだと思っていたが、そうではないらしい。
「今度はパーティー抜きで旅行でもしよう」
「本当に?すごいサンタさんだわ」
うれしい、と身を乗り出す
マリエのキスを額で受ければ、もう膝の上の紙だとか、カーディガンだとかがなんだかめちゃくちゃになってしまって、それでもまあいいや、と露伴はそれに甘んじて
マリエの背中に腕を回す。おばけじゃなくて、老人でもないサンタクロースなら信じてあげないこともないと岸辺露伴は手の中の
マリエに改心を伝えれば、かわいいだのうれしいだのごっちゃになった稚拙な感想ばかりが溶けた声で聞こえてきた。喜ぶなら信じてやらないこともないだけだ、という露伴の虚勢はもう
マリエの耳には溶けて事実しか伝わらないのだ。
20151225 chloe,