海恋し潮の遠鳴りかぞえては
典明くんっていつからピアスを開けていたの?と
マリエが問えば、いつだったかなァと花京院はつれなく答えた。彼もいつ開けたのか覚えがないのだが、気がついたときには自分の中でしっくりきていたのできっと転校した前後だろう。よくあの長旅でなくしも化膿もしなかったと思う。今日は夜に風が出るだろうからといつもの揺れる丸いピアスではなく去年のクリスマスに
マリエから貰ったやたらとキラキラしたシンプルな揺れないものに付け替えていた。色は変わらない。
「さむいねー」
「そうだね。思ったよりも風が冷たい」
コートの前をきっちり閉めにかかる
マリエの手を片手だけ花京院は手にとって自分のポケットにいれる。こうしたら暖かいね、とよく街中でする行動だった。それはこうして冬の海辺でも変わらない。砂で足が少し沈むけれども、それすらちょっと心地いい。
「エジプトの2月も寒かった?」
「いや、ちょっと涼しいくらいだったよ。ちょうど良いというか」
「そっかあ、そんな暑くないのね」
マリエが冬の海に行きたいと言い出したのは期末テストの最終日だった。
マリエと花京院は同じ必修を取っていて、大教室で終了のチャイムの鳴ったあと解答の回収を待ちながら視線を感じると思って振り返れば斜め後ろに彼女がいたのだ。テストの期間中は連絡を取らないようにしていたからなおさら久しぶりにみたその顔はいたずらっぽく笑って花京院を捉えていた。あれでテストが解けたのかどうかは知らない。
「来週海に行こ」
「まさか、この季節に海水浴をするだなんて言い出さないよね」
「海にドライブにいってちょっとセンチメンタルな気分になりたいだけだよ」
「センチメンタルになりたいなら僕がいないほうが良いんじゃないのかい」
テストが終わって誰しもがはやる気持ちで帰ろうとする中僕らは教室に残っていた。最後の時限のものだったから、教室にはもう誰も残ろうとしない。
「隣に典明くんがいるからいいのに」
「そういうもんかな」
ともかく、行き先と正しい日にちだけを決めてその日は別れた。18の誕生日が来てすぐ免許を取って以来、僕は大学進学と同時に車を持つことを求めたし、それは実際に達成されて度々乗っては出かけていた。助手席にはだいたい免許を持たない
マリエがいたし、ドライブデートをしようだなんて特別に言わなくてもちょっと遠ければそうして遊ぶことが多かったのだ。彼女は運転がうまいのね、と最初は驚いていたのだけれど、まさかパキスタンでの山中の話をするわけにもいかず郊外育ちだからねと濁したことがあったっけ。
「じゃあ、月曜日にね」
来たいと言い出したのに寒い寒いという彼女はおかしい事この上ない。細い道でつながった海岸の向こうの離れ小島に飛び交う鳥をみてはうみねこだっけ、かもめだっけだなんてうろ覚えの推測をしていた。あの島に行く気はさらさらなくて――夏に行ったからだ――ただただ手を繋いで海岸を少し歩いては流木の上に座ってとりとめのない話ばかりをしていた。単位の話、クラスの話、それから高校時代の話だとか。花京院が彼女に話せるような話なんて17歳から19歳までの間しかない。君は吸血鬼を、不思議な自分の分身を信じるか、だなんて言ったらまだ引かれてしまう気がして話せないでいた。友達に誘われて、友達の親戚に会いに大旅行をしたんだとごまかしていた。その友達はアメリカに行ってしまったとも。
「わたしいっつも典明くんに遊ばれてるみたいな気持ちになっちゃう」
「まさか。
マリエのわがままに付き合ってたら他の子と遊ぶ暇なんて、ないよ」
「そういうのじゃなくって、なんか、いっつもなんか遠慮されてる気がして」
なんていうのかな。ポケットの中の
マリエの手はぎゅうと花京院の手を握る。遠慮と取られているのか、と花京院は自分の事実の伏せ方を指摘されていることに気付いてはいるけれどそれの解消方法を知らない。
「僕には友達が少ないからかな」
「関係あるかな」
「僕は女の子の友達がいたことがないし、彼女だっていたことがないから、
マリエの扱いに慣れてないのかもしれないね」
波の音は年中変わらないものだということに花京院は驚いていた。波が打ち寄せて、引き返していく音に東西もない。きっとフランスでもそれは同じだし、アメリカでも同じだ。エジプトでそうだったように。
「上手く丸め込まれちゃうなあ」
「いいじゃあないか」
それより一緒にものをもっとたくさんみたらいい。もしかしたら同じものをみても違うものがみえるかもしれないし、と花京院はポケットの中の手を応えるように強く握り返す。もし君が何か見えるようになったら面白いし、その時は全て話せちゃうんだけどなというわずかな期待を乗せた発言だったけれど気付くだろうか。
「きっと既に違うものが見えてる気がする」
「どうだか」
君がみてる海だって僕も同じように見えてるさ。そう言ったらそうかなァだなんて未だに懐疑的に眠たく
マリエは声をあげるので、きょうは帰りにしらすコロッケでも買い食いしてしまおうと花京院は思い立つ。どっちにも知らないものなら、きっと同じものがみえると思ったからだ。前の夏に食べようと言ったね。すっかり疲れて忘れてしまったけれど。本当は別に見えていたっていいじゃあないかと思っているけれど、花京院にはまだこれ以上踏み出せなくて、ただこうして時の経過を共に過ごすことしか出来ないのだった。それを無意味だとは思っていない。
20160103 chloe, as a X'mas request 2015
"花京院で生きてて甘めのもの"
title quotation from 与謝野晶子”恋衣”