Solitude bruyante
目の前でちいさなボタンのようなチョコレートを色で仕分ける彼女の指からオレンジ色のをひとつ取り上げた。かえして、と温度のない声を流して三成はそのオレンジを口の中に放る。なんて、甘い。チョコレートの味よりかは砂糖と香料の味だと思いながらコーヒーを一口飲めば、その香料の味でしかないオレンジの味もなかなかいい具合になるのだと気付く。
「体に悪いぞ」
「放っておいてよ」
体に悪いだなんて言っても、彼女はひとつも食べていない。ただざらっと紙の上に赤とオレンジのチョコレートをだして色で仕分けているだけだ。緩慢な動作のそれは、単に話題がないから続けているだけであって特に意味はないことなど明白だった。白い指先が激しい主張をするその色の中で綺麗に浮いていることだなんて彼女は気付いていないだろう。その指を捉えて口に含みたいとすら思っていた。きっと彼女は赤面して拒否する。ふたりきりの時でさえそうだから。俄に下半身に血が回るけれどもきっと彼女に気付かれたら不興を買うだろう。彼女に触れるどころか、ここ2週間ばかりこうして会うことすら出来なかったから仕方ないといえば仕方ない。
「
マリエ」
マリエは返事をしないままおはじき遊びのようにチョコレートを仕分け続ける。視線すら上げずに。食べ物で遊んでいるその風景が行儀の悪いことなのはきっと承知の上だ。
マリエの頼んでいたらしいフローズンドリンクは手をつけられないままカップの外を水滴で濡らしていく。上のクリームさえもがその形を崩し始めていた。そういえば、
マリエがこんな甘いものを頼んでいるところを見たのは初めてだ。いつもはカプチーノかブラックで、砂糖を入れずに飲んでいる姿しか三成は見たことがない。
そんな溶けかかったクリームをマドラーですこし掬って彼女の唇につければ、グロスのピンクと白がなんとも蠱惑的なまま彼女は顔を上げた。
「やめてよ」
「何故貴様は返事をしない」
「すごく構ってほしくないの、三成といま会いたくないの」
「2週間前もそう言ったな。貴様の今はどれだけ長いんだ」
マドラーをトレイに置いて三成は
マリエに指を伸ばす。唇に、頬に、それだけでいい。触れるだけでよかった。2週間もの間触れられなかったそこに触れたいと思うのは自然なことではないだろうか。広いキャンパスのなかで、幾らか講義がかぶっているにも関わらず顔を合わせることの出来ない不思議。
「今三成と会ったら泣く」
「現に泣いていないだろう」
三成の指が
マリエの頬に触れて、ぴくりと彼女は肩を揺らす。確かに泣きそうな目をしていた。久しぶりの頬の感触に、最初にこうして机を挟んだ時に感じたすこしやつれたという感想は間違っていなかったと悟る。
「何故泣く」
「放っておいてほしいの」
あなたに言っても何も解決しないから。そう言って
マリエはそっと三成の指を外そうと手を添える。冷たい手だ。寒い寒いと言いながら冬にくっついてきたときのままだった。もうすぐ春の連休が来る季節だというのに、去年の彼女の手はどうだったか、三成は知らない。手を取れるようになったのは夏だったと記憶していた。それでも、自分の手で彼女の手を温める事はできないのが歯がゆかった。自分の手が彼女の手を冷やしこそすれ、温めるのに向いていないのは十分理解していた。それでも。その手をとれば彼女は驚いたような表情を浮かべる。いつだか見たことはあるけれども、あまり彼女はしない表情だった。
「泣くなら私のもとで泣けばいい」
「泣きはらした顔なんて見せたくない」
「じゃあ見せずに泣けばいい」
「そんなの、無理」
「いいから泣けばいい。何かあるなら言えば、いい」
顔を見せたくないならいくらだって方法はある。帰るぞ、と立ち上がればまって、と小さい声がした。何日ぶりに彼女はうちに来るのだろう。手をつけてもいないチョコレートを、また手をつけていないフローズンドリンクのクリームの上に散らしてさっさと席を立てば、
マリエが座ったまま自分を後ろから抱いてきて、お互いに寂しかったのだとやっと気がついた。
さざめく孤独 title by
橙の庭
2011/05/09/ chroe wrote.