ch'ais pas

ねえねえなんで、なんで、と子供のように疑問を口にするのは川べりでのいつものマリエの風景だった。夜中に釣りをすると大概彼女は横に来て、かかるのを待つ間彼女の日頃の疑問らしい事柄を次々に挙げるのだ。それは子供じみた事柄もあったし、鳴上がギリギリ知ったような事柄もあった。例えば彼女は朝顔がなぜ左を方向にして上へ生えるのかを不思議がったし、動物と人間のインセスト・タブーについての違いをひたすら話し合ったこともある。後者の日はちょうど川のヌシが連れたものだから随分疲れてしまって、翌朝遅刻気味に学校についたことは記憶に新しい。いつも眠そうに授業を受けているマリエはあいも変わらず入口近くでふわふわと授業を受けていた。

「鳴上くんはものしりだからすごいなあ」
マリエはよくわからないね」
知っている事柄と興味のある事柄にむらがありすぎ。そう言いながら鳴上は虫を針につける。ヒュッと糸が空間を切った音を立て、川面に落ちるとマリエは更に話を続けるのだった。
「本と授業だけでそんなに身につくものかしら」
「さあ、向こうだと別にとりわけ成績がいいわけでもなかったんだけど」
「あはは、それは向こうの知識水準が高いだけじゃないの」
マリエは釣りをしない。ただいつものように鳴上の隣に座って、時折草笛を鳴らして遊ぶくらいだった。ある意味家庭教師の夜より試されている気がするというのは錯覚か。
「鳴上くんが来てからいい感じに図書館が賑わってるわ」
「ああ、図書委員だっけ」
「そう。普段はテスト前しか賑わわないし、娯楽みたいな本ばっかり新しく入るけど、最近は結構本格的な専門書とかリクエストきてるよ」
「ラブリーンはリクエスト通らないのになあ」
「え、まさかラブリーンのリクエストって鳴上くんだったの」
誰かと思った!とマリエは笑う。実際問題、ラブリーンの文庫を読んで以来、書店で買うのは気恥ずかしい気持ちがどこかあった。妹とのコミュニケーションのために読んでいるんだ、と鳴上は川面から目を離さずに告げた。
「ええ、ああ、ほんと面白いよね。あと妹煩悩だよね」
「褒めてるのかそれは」
「褒めてるよ、知識が広いのも納得した」
それにしてもラブリーンかあ、そうマリエは笑いを抑えずに書名を繰り返す。なんとなく気恥ずかしいが、このまま本当は日曜の朝に菜々子と一緒にアニメも見ているだなんて言ったら川に落ちかねんくらい笑い転げるだろう。
「私もこんなお兄ちゃん欲しかったな」
「何だ、急に」
「私もお兄ちゃん子だったんだけど、お兄ちゃんは一緒にアニメも見てくれなかったし、こんなにお話してくれなかったなあって思って」
「へえ、まあ俺のところは本当は従妹だから」
今年はじめてあったんだ。そう続ける。川面に動きはなく、夏らしく湿度の高い夜の空気ばかりが川面を押しているかのような心地すらあった。
「将来娘とかできたらすごいパパっ子になると思うよ」
「それは嬉しい」
何がおかしいのか、ラブリーン以降笑いが止まらないマリエは娘ねえ、だなんて言って手に持っていた草を折り始める。
「ねえ今度」
「ん?」
「今度のテスト前さ、図書室に来てよ」
船に折った草を川面に置いてマリエはそう言った。ゆるやかな流れはその草舟を小石に引っ掛け、それをマリエは棒でつついて本流に戻す。おう、と応えるのが二周目の精一杯の返事で、鳴上はこの新しい何かの始まりに、自分の辿った時間の変容を感じるばかりだった。その攻略法については実体験も知識もない。


20151213 chloe,