あれか、これか

足立がこたつの中で足を伸ばすと、向かいに座るマリエのひざにぶつかった。
「透」
「ん、ごめん」
器用につま先でマリエのひざをくすぐるように撫でまわしながら、足立は悪びれずに言う。
「いまきりがわるいんだけど」
マリエはこたつの上に載せてあるノートPCに目を落としたまま答える。足立がかまってほしい、というのだけは十分にわかっているらしい。
「仕方ないなあ」
そう言いながらも足立は満足そうな顔をする。この恋人は、本当に忙しい時は返事すら返してくれない。もうすぐ作業が終わるのだと確信していた。
「じゃあお茶入れてくるかな。マリエ
「透と同じのでいい」
「ん」
去年、半ば引きずるように同棲し始めたこの家には、マリエの趣味でたくさんの紅茶葉がある。足立にだって専門店のおいしいそれと、いままで飲みなれたスーパーのそれが違うくらいわかる。それと、彼女が淹れたほうが段違いに美味しいのも。だから足立は決まって自分で日本茶を淹れるのだった。
台所で湯のみを温めながらこたつのマリエを見れば、相変わらず画面に没頭していた。キーをたたく手は止まっていて、マウスでスクロールばかりしている。
「みかんとりんごどっちがいい?」
「みかん」
「めずらしいね」
適度な濃さになった玄米茶を二つの湯のみに注いで、盆にみかんを適当に転がしてこたつに戻る。マリエは相変わらずだ。
マリエ
「うんうん、ありがとう透」
かまってあげなくてごめんね、もうちょっと待ってね。足立が隣に座り込んで湯のみを置くと、マリエは申し訳なさそうな顔で足立のほうを向いた。
「もうちょっと待つからさ」
「なあに」
足立のくしゃくしゃした天然パーマの髪に手を伸ばしながらマリエは問い返す。足立はそれに満足げな笑みを返してから持っていた盆をこたつの奥のほうに置いた。
「ひざまくらしてほしい」
「寒くないの?」
「ちょっと暑いくらい」
「ん」
マリエは足を伸ばしてすこし身をこたつから引いた。こんなこと慣れっこだ。足立がこうじゃれてくるなんて日常なのだから。足立も足立で、何のためらいも無くマリエの足の上に頭を置いて横になる。
「だいたいさ」
「何」
マリエは相変わらず画面を見つめている。こんなのもいつものこと。資格試験のときだってずっとかまってくれなかった、と足立は思い返す。
マリエはいつも頑張りすぎだよ」
昔からそうだけど恋人の存在を忘れないでほしいな。足立がそういってマリエの顔を真っすぐ見上げると、マリエは困ったようにため息をついて画面から目を離して足立のほうを向いた。
「そうなのかな」
「そうだよ」
「そっか」
じゃあ、もうやめよ。そう彼女はあっけらかんと笑って、データを保存してPCを閉じた。
「本当に大丈夫?何か僕がやめさせたみたいだけど」
「もう疲れたから明日にする」
「じゃあ場所替わる?」
「足さむいからこのままでいい」
その返事に足立はやっぱり満足そうに笑いながら、マリエ、手。といつもの注文をした。マリエはそれに返事も無く片手を足立の手のほうへやると、もう片方の手で足立の柔らかい髪を弄りはじめた。
「半年もしたらさ」
「うん」
「僕らは社会人でさ」
「うん」
マリエとこうしてなんていられないんだよなあ」
足立はマリエの片手をもてあそびながらそんなことを言う。足立はその小さな手が好きだった。初めて会った時からそう思っていたのだ。3年前の初夏。なんて懐かしい。
「透」
マリエ、僕が半年居なくっても泣いちゃ駄目だよ」
「うん」
「浮気も、だーめ」
「透こそ」
マリエがすこし泣きそうな目をしていたから、足立はそのまま起き上がってマリエにキスをした。どうすればマリエが泣き止むか、足立はまだよくわかっていない。まだ彼女がしっかり泣いたところを見たことが無いからだ。