断片


このごろ足立は特に疲れているように見える。
足立の腕に抱かれながらマリエはそう思っていた。顔を見上げれば目が合って、足立は頼りないといいたくなるくらい穏やかな目でマリエを見つめていた。
「眠れないのかい」
「透こそ」
「僕は考え事してたからいいんだよ」
そしてもう寝たほうがいいよ、とマリエの目元に手をやる。透こそ、とマリエが言っても返事はない。
なんとなく、違和感があるのだ。疲れているのは当たり前といえば当たり前のことだろう。でもそうじゃなくて、なんと言うべきか。そうだ、これは昔透が風邪を引いたときのことに似ている。あの時も透は最後まで風邪だと認めようとはしなかった。単に負けず嫌いという言葉で括れるかどうかわからないけれどその類なのだ、この人は。
絶対に自分の弱みを見せたくない?そんなに甘い程度のものじゃないけど、そういう人。たぶんまた何かずっと考えているのだ。彼が申告したことは間違ってはいない。でも自分で抱えているのはもういっぱいいっぱいなのだ。誰かに話したいけど話せない、それが続いてこういう風にずっと疲れているように見えるのだ。仕事のことだったら部外者の私は聞けないけれど、それだったら聞いたところで前みたいに仕事でちょっときついんだ、位にぼかして言うはずだった。
「透、疲れてるんじゃないの」
「ん?さっきのでってことかい」
「…そうじゃなくて、仕事とか」
とか。そこが一番重要だ。軽い話題で話を流そうとしたこともマリエには引っかかった。そうやって軽く構えようとするのが一番の足立の弱っているときの基本だと、もうマリエは十分にわかっていた。
「そりゃあね、まだまだ忙しいさ。でもマリエだって忙しいだろ」
まだまだ僕はマリエより忙しくないとおもうんだよね。マリエの目元から手をどけながら足立はおどけて笑った。どうしても言いづらいのか、それとも本当に仕事のことでなのかマリエには判断できなかった。
マリエはなんにも心配しなくていいんだよ」
「嫌だ、私透が仕事中に飛び降りたとか聞きたくない」
「そんなことしないよ」
それっきり、足立は何も言おうとはしなかった。最後に目があって、それから眠いとでもいいたげに目を閉じられると、結局マリエもあきらめざるを得なかったのだ。黙って最初のように足立に抱かれなおす。
「おやすみ」
それだけ聞いて、マリエも目を閉じた。足立の目はあんなに寂しそうであったか。時々気付いてはいたけれど、あんなに底が見えないようなものだったか。
ぐるぐる考え事をしていると目がさえてしまって、その日は結局眠れず仕舞いだった。こんなに言って足立が何も言わないのは不思議でならなかったと同時に心配でしかなかった。