すこしだけ後悔して欲しい

罪状が増えた。

足立が冷たくて湿度の高い拘置所にいる間、面会人が一人増えた。それはマリエで、堂島は足立の面会に来る人間と聞いてその姿を確認しに来る程度には彼のことを気にかけていた。聞くところマリエは収監される前にしょっちゅう足立の部屋に滞在していた女性であって、面会しに来た堂島はそんな人間が足立にいたことに驚きその身を二度見した。いつも帰ったら一人で弁当だの、惣菜だのを食べているという割に肌艶が良かったのはこういうことかと納得がいき、またその青ざめた顔に勝手に同情を覚えた。いつの前にか帰らず、そして収監された相手を待つのはさぞかし辛いだろう。
「今日は報告があるので、面会拒否されないと良いんですけど」
青ざめた顔でマリエはそう笑い、悲しげにその面会の可否を待つ。堂島だって何度通ってもはじめは面会できなかったことを彼女に伝えるのはしのびないと思い、手紙のことを提案しても彼女はでも待ちますと返すのだった。
「私、彼に一度振られたんです。去年の今頃に」
「でもまた稲羽に何度も来ていたんじゃないですか」
「ええ、追いかけてきたら復縁した、という流れです」
もともと勝手に異動が決まったからといって別れを告げられたんですけどね、と言ってマリエは笑った。その前の人事異動のときですら別れなかったのに、急にそんなことを言われたらびっくりするじゃないですか。連絡は不通になるし、そう言って彼女はいかにして足立を追ったのかを語る。何の事はない、彼のおせっかいな先輩経由だというから稲羽にたどり着くまでは早かったのかもしれない。7月に結果として再開し、復縁したという。奴のことだからなんだかんだいってのらりくらりと交わそうとしたのかもしれないし、もしかしたら案外マメな男だったのかもしれない。なるほどそういえばあの頃惣菜ではなく野菜を買っていたのも合点がいくと堂島はかつての出来事を反芻していた。
「堂島さんのことは、よくお話を聞きました。いつもお家に招いていただいていると。公私ともにお世話になっているって、随分話していました」
「いやあ、俺は独り身だって聞いたから呼んでただけだったんだが、お節介なことをしちまってたな」
「とても嬉しそうでしたよ、彼」
足立の返事は長く待たされる。いつも堂島もこうして待ちながら書類仕事をしていた。時にはそれを投げて呼び出しに応えることもあったが、如何せん面会したいという気持ちは彼女と等しかっただろう。家に帰れば甥っ子もその動向を気にしていたから、彼も同じ気持ちなのかもしれない。足立を待つ人間は少なくないんだと前回の面会で叱り飛ばしてきたのだから、それが生きていれば今回だって面会に応じるはずだが、その受け取られ方についてはわからない。
書類を出してからきっかり30分待たされてマリエの面会許可はおりた。雑談に付き合っていた堂島はそのまま次に面会すべく書類を出し、彼女を見送る。俺が結婚したのあいつの歳よりもう少し後だったか。彼女を振り落としてここに来て、何故あんな罪を犯したのか。その心境を想像するにはまだ時間が足りない。

「……久しぶり」
マリエ、何でここに来たんだよ」
スウェットを着させられた足立は不服そうに席につく。マリエはそれを微笑みながらいなし、元気そうでよかった、と告げる。
「今日はね、報告があるの」
「獄中婚でもしたいって言いに来たのかい」
「それもありかもしれなかったね。」
要件ははやく済ませなよ。10分しかないんだから。そう言って足立は斜めに座る。背後の監督者を気にしながら彼女は変わらないなあと相変わらず穏やかにそんな足立の態度を眺めていた。
「赤ちゃんがね、先月、だめになってしまったの」
2ヶ月だったんだけど、と彼女は付け加えた。足立はそれに呆けたような表情しかせず、声も上げない。
「それって、あの、」
「確率的にはよくあることだって言われたけど、報告しておくべきかなって思って」
「僕の子、だよね」
「黙って待ってるつもりだったけど、だめだった」
こういう時にそばに居て欲しかったのに、と声を震わせてマリエは足立を見つめる。ただきっかけを失いながら何度となくいつ結婚しようか、だなんてふざけて言っていた都会の時代が目に浮かび、足立は呆然とマリエを見つめるばかりだった。触れられはしないし、犯罪者の身分で何ができるというのか。来たらそう言って嫌われて、縁を切ってやると思ってばかりいたのに、自分の制限された身分では彼女に嫌われるどころか助け起こすこともできないというのだ。
「ええと、それだけなんだけど……ごめんなさい」
もうダメになってしまいそうだから、ここにはもうこないわ。そう涙の滲んだ声で言ってマリエは立ち上がり、退室しようとして泣き崩れた。足立はそれを助け起こせもせず、低く泣く彼女と共に泣くしか術はなく、失われた未来と増えた罪状にただただ潰されるばかりだった。どれも立件には遠く、償うことも叶わない。

20151211 chloe,
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