いとしさで世界が傾ぎそうなほど
暖まったシーツの中で爪先が当たる。それを絡め取ってなおプロシュートは右のほうに手を伸ばせば、抱き寄せるよりもわずかばかり早く
マリエはその身を寄せてきた。
「起きてんだろ」
「まだ起きるには早くない」
「もう10時だ」
でもいいじゃない。そう言って
マリエは起きる気もなさそうにプロシュートの腕の中に潜り直す。今日は珍しく休みが一致した日だった。だからといって何をしようだとか、何がしたいだとかの予定もなかったのだけれども。ただお互いいつもどおりの時間に起きることが出来なくて、随分日が昇ってから目が覚めたというだけだった。定まった休みのないお互いがこうして怠惰に過ごせる午前など滅多にありはしない。だからこそこういう行動を取っているのかも知れないが、とプロシュートは
マリエの肩を抱きながら自分の目も伏せる。
「何時まで寝るつもりだ」
「寝たくないけどこうしていたい」
「怠惰だな」
「だっておやすみだもん」
お互いに目を伏せたままだというのはわかる。それでも胸元に擦り付けられる彼女の額と髪の感覚がどうにもこうにも不思議な郷愁を覚えてプロシュートは
マリエの髪に手を添えた。悪い子供を窘めるようにその髪を何度か梳けば、子供扱いしないでだなんて行動と真逆の発言が飛び出してプロシュートは笑ってしまう。胸に一番近い距離でそれを聞いたらしい
マリエはシャツを引っ張ることで抗議をする。
「いっつもこうしたかったのに朝が早いから」
「したかったのか」
「したくないわけがないわ」
だって、甘えられるのって夜だけでしょう?そう布越しの声が聞こえてきてプロシュートは手を止めた。確かにそうかもしれない。朝早く出て、それから晩にソファに埋まって。とは言え毎朝キッチンに立つ
マリエを抱いてはくつくつ笑いを立てている気がするのだけれども。大概彼女はそれにもたれかかってきてはプロシュートが投げかけた言葉と同量くらいの愛の言葉を囁いて、それからキスをせがんでくる。それが甘えていないというのはあまりにも定義が甘いのではないか。
「朝だって甘えてないこたァないだろ」
「だって、あれ以上したらお仕事行きたくなくなっちゃうでしょ」
いつも機嫌よく目覚めていた隣人は努めてそうしていたということか。いつも軽い音を立てていたそれを軽く仕上げてもう時間ね、と笑っていた彼女はある意味では虚構だったということだ。それから深く甘えてくることは確かに今まで一度もなかった。きゅっとデミタスカップを空けてシンクに突っ込んで、私も支度しなきゃと言って腕の中から滑り出てくるのが常だったからだ。彼女が口紅を塗り直す直前にプロシュートは大概もう一度キスをして家を出る。じゃあ、また夜にね、という言葉と少しだけ腕に残った体温に見送られてドアを閉めるのが朝の常だった。
「感想は」
「最高よ、ずっとこうしていたい」
「何がそこまで寂しくさせる」
「……そりゃあ私にだって不安になることだってあるわ」
額が、それから鼻が自分に押し付けられてくすぐったい。しなる鼻の背が甘ったれのように押し付けられている。少しばかりくぐもった返事に見に覚えのある点、ない点を思い浮かべるけれども仕事を続けていく上ではそれは仕方がないとしか言うことが出来ない。ただ、こうしていることでそれが解消されるのかどうかということについては自信などなかった。返り討ちにされる気などはないけれども、いつだってその可能性があることくらいはとっくの昔から覚悟していた。こういうことになることが決まってからその話を自分なり、他者なりからされるときに彼女は十分承知した顔をしていたのだけれども。
「いるうちに甘えておかなくちゃ」
「そうしとけ」
「またしてもらうから、そのつもりでいて」
そうだなと返すことしか出来ずにプロシュートは
マリエの髪を再び梳く。呼吸が少しだけ落ち着くのを待って手を彼女のシャツにかければ、ようやくやっと
マリエは顔を上げて溶けた目尻でプロシュートの視線を探った。
「今度は私がしてあげようか」
「いや、それは今度でいい」
「そうなの、プロシュートは寂しくないの」
少しだけ身を捩らせて顔を近づけてきた
マリエの額にキスをする。ふふ、とさざめくみたいな、それこそ毎朝後ろから抱いた瞬間にするみたいな笑い声が上がった瞬間にプロシュートはシャツの裾に手を滑り込ませる。柔らかく温かい皮膚に指を伸ばせばさっきの笑い声が少しだけ大きくなって腕の中の
マリエは背を反らせた。
「寂しいんだろォ?」
「やだもう、そういうことじゃないわ」
「昨晩のお遊びが足りなかったと見た」
やだ、くすぐったいってば。きらきら甘い抗議を上げる
マリエの裾をめくりあげて一緒にシーツの中に潜り込めば、薄暗いシーツの中で彼女は昨晩のように首に縋りついてきて、ごくごく短くて十分な密度の愛の言葉を吐いたのでプロシュートは満足しながらその露出した皮膚に両手を伸ばした。俄に昨晩の表情を思い出して、彼女の回してきた腕を解いて唇をめちゃくちゃに噛んで開く。短い嬌声だとか、名前だとか、唇から鼻から漏れでた吐息で暖まったシーツの間がどんどん満たされていって、それから水音をわざと立ててそれを飾ってから
マリエのシャツを脱がしてしまう。外に放れば間からつめたい室温が入り込んできたけれど、何も気にしないままに
マリエは再び首に手を回してきて再びの口付けをねだった。
はじめにぶつかった爪先がシーツの海からはみでてしまったけれど、酸欠気味の体に外気は十分に心地よく冷たくその4つの爪先を包むのだった。後にどうせ風呂場でその爪先を恭しく口付けるはめになる、とプロシュートは全くそのはみだした冷たい足を気にせずに再びそれを絡めては
マリエを手繰り寄せる。今度ばかりは彼の動きに従って
マリエはその体をプロシュートに寄せて、仕返しとばかりに彼女が甘えてじゃれついていたプロシュートのシャツに手を掛ける。抗議代わりに引っ張るのではなくて、返事代わりにそれをめくって、それからされたように手を差し込んできたけれど、その手は彼の手の作る快感の波に抗えないまま爪を立てることになる。
20160204 chloe, as a "白い器とナイフとフォーク #05"