ねだって欲しがるなら奪ってあげるのに
マリエの休日は明確に定義されているが、プロシュートにそんなものはない。シベリア寒気団がちょうど気温をぐっと落としてきた、あと10日で年の瀬という時にプロシュートはその事実を漏らした。
マリエとて想像していたのだろうが、改めて言われると驚いたらしくその仕事の日程を復唱するのだった。祝日だろうが休日だろうが関係ないのだ。24日の夜は家族で過ごす日という認識はもちろんあったけれど、それは対象も同じことで、絶好の機会でもあるわけだ。尤もお祈りに行くのでも関係者ばかり集まっているのだからあまりプライベートという印象もない。家族という大きなくくりでは同じことかもしれないが。義父や更にその上に呼ばれているのも知っていたが、職務内容を知っているからこそ彼らはプロシュートに直に声をかけることをしなかった。
「実家に帰っていていいんだぞ」
「ええ、それじゃあまるで去年みたいじゃない」
「んなこと言ったってよォ」
あと4日でしっぽを出してこなきゃあ来週は帰れねえな。そう冷静に現状を報告すれば
マリエははあい、と生返事をしてプロシュートの入れたコーヒーを口にする。ソファで隣り合って会話らしい会話をするのを習慣にして約3ヶ月が経っていた。ノンノは今年も大きな樅の木を切ってきたって。ノンナのサーモンクリームパイ以上に美味しいナターレのご飯はないわ。寂しくないとでも言いたげに彼女は去年までのクリスマスの話をする。せめて翌日の昼に間に合えばいいのにねと言いながら、
マリエはプロシュートの過去のクリスマスの話をせがんだ。とはいえここ最近は仕事のない年はなかったし、その前だったとしても実家には血を分けない家族がたくさん集まっていて、教会以外に行くところなんてなかったから酒ばかり一人で飲んでいた気がする。外で食事をしようと思っても店が開いていないから結局そうなってしまうのだ。独り身が家に食料を置くわけがないし、普段家に長くいるはずもないから仕方がない。アジトでだらだらと過ごすことも、仕事にかこつけてリゾートで寝て過ごしたこともあったか。結局そういうところだと喧騒に嫌気が差すだけだったので、二度としないと思ったが。面白く無いだろうがこれが俺の現実だ、といえばなおさら一緒に過ごしたかったという返事ばかりが帰ってきた。プロシュートへの贈り物は年末までお預けね、と
マリエは肩にもたれかかって笑う。そんな習慣がこの季節にあったことすらプロシュートは忘れていた。それくらい意識から離れた行事なのに、行事に沿って仕事があるのだから不思議なものだ。
しょうがねえなあ、と毎朝出掛けに増えていく彼女の帰省荷物と冷凍庫の作りおきのおかずを見るたびにプロシュートは苦笑いをして家を出てしまう。大概そのまま外で一服して、それから街に消えていくのだが、最近はその煙草すら買い置きが積まれていたのだから
マリエの準備のしように力が入っていたことは間違いない。26日になったら帰ってくるから、2日間はお留守番をしてねだなんて殊勝なことをあれから毎日言っていた。クリスマス休暇の間ぐらいずっと帰っていても構わねえだなんて言ったのにである。そんなに実家が遠いわけでもないのに秋以来帰っている様子がないのだから、それくらい気にしないと言ってもその意見を曲げそうにないのでプロシュートはもう諦めて、じゃあ待ってるからなとだけいうことにしていた。
そもそも、待つ必要はないのかもしれないが。
ナターレの2日前ということで人の往来が増えに増えていた昨日、それに紛れて年の瀬の買い物に勤しむ家庭人だった対象を見つけて家を確かめた。寝室の窓は北向き、パートナーの調査に拠れば「金曜の夜はパーティーアニマル」の彼は朝に窓を開けて窓の外にあるスイセンに水を遣り、換気をしては寝る習慣があった。それを知った翌日である今日、ナターレの前日、込み入った路地の奥のアパートの空いた一室でプロシュートは煙草の吸殻だけを増やしながら真下の住人の窓をあける音を待っていた。がらぁと緩慢に上方向に開けられた音に合わせて副流煙と自身のよく見知った見えない凶器を吹き込めば、階下から咳込んだ音が続いて、向かいの家の窓の外に出されていたプランターの草がすっかり枯れこんでいるのを確認した。窓から身を乗り出して階下の窓枠を勢い良く蹴って窓を閉めれば一件落着である。老いた頚椎の折れる音はいつ聞いても物悲しいが、きっと”飲み過ぎて手を滑らせた”のだから仕方がない。何事もなかったかのように空き部屋を出て階段を降り、路地に出ればぽろぽろと小さい歯が赤い池に浮いていたので季節感にぴったりだったのではないかと思う。クリスマス飾りで歯なんて飾るのは歯医者の受付くらいだと思っていたが、暗殺稼業の人間もそうらしい。遺体は見つかるころには冷えて元通りの中年男性がうっかり事故死したと扱われるだろう。見上げれば向かいの草はこの寒さにも関わらず枯れたままだった。数カ月後であれば、きっと霜が降りて無事だったろうに。
無事期日までに事故死させたことを上司であるリゾット・ネエロに告げ、前金扱いで依頼主から徴収していた依頼料を受け取ってプロシュートは無作法にソファに座り込む。もう当面は特別に任務はないぞ、というのは誰の指示か知らないが、久々にナターレまでに年内の仕事を無事終えたことだけはわかる。昨日まで一緒に仕事を進めていたホルマジオは既に今日から別件に行っているし、駆け込み仕事の多さからアジトにリゾット以外の人影はなかった。年度納めがこんなにあっけない年なんてあっただろうか、と思いながら報酬を確認し、挨拶をしてアジトを出てもまだ十分に明るく、往来は買い物をする人であふれていた。プロシュートはその流れに乗り、パサージュで幾らかのグラスと、それから赤い下着を一揃え買っては包装させ、最後に花を買って家に急ぐ。確か彼女の実家の夕飯は19時だと言っていたから今はまだ家にいるだろう。いつもの往来にたどり着いて人の流れから脱し、路地に入り込むと、一度だけコートのポケットに入れっぱなしだった携帯電話からコールすれば、たちまち返事のように
マリエから折り返しの電話はかかってきた。
「プロント、電話してくれたの?」
「今帰ってるところだ」
「え!お仕事は」
「お前が寂しがってしょうがねえから終わりにしてきたんだよ」
「本当に!ねえ、私まだ家にいるの」
知ってんだよそんなこたぁ。そのまま待ってろ。あまりの電話越しのはしゃぎ声にどこかむず痒い気持ちになって乱暴に電話を切るとプロシュートは路地を急ぐ。流石に人を殺したままの服で挨拶に行くのもどうかと思うので、帰ったら急いでシャワーを浴びて着替える必要もある。それでも何よりぎりぎり間に合わせた時点で、
マリエの愛した彼女のノンナの夕飯に少し遅れる覚悟だってもう出来ていた。彼女が家の冷蔵庫をぎちぎちにした努力は遅い昼食として頂いていくことにすれば良い。そして残りは彼女のねだる通りに26日からの休暇に食べればいい、と思っていた。
家のドアを開ければもちろん
マリエが待ち構えていて、声をかけるとほぼ同時にプロシュートに抱きついてきたが、身を案じるでもなくまずはじめに煙草の匂いを指摘したのでプロシュートは出掛けと同じようにしょうがねえなあ、と抱き返すことしかできなかった。
マリエが回した腕を解いてキスを請うてきても、今日のような仕事をしてきた日はシャワーを浴びてしかしないことにしているので甘えたその額を弾き、コートと、それから花をその腕に落としてプロシュートは浴室に急ぐ。プレゼントの山はドアの内側に置いたきりだったが、まあこれからまた持っていくものが大半だからいいだろう。スラックスを干し、シャツを脱いでいたら花を手にした
マリエが追いかけてきたので、どうしてこんなにいつも花を買って帰ると
マリエが嬉しそうな顔をするのかプロシュートは不思議な気持ちになるが、その表情をみるのは嫌いではなかったし、むしろ安堵すら覚えるようになっていた。彼女は花瓶を探していたので、棚にしまわれているそれを取って与えると帰ってくるまでにしおれないといいのだけど、とすこしだけ顔を曇らせていた。その時はまた買ってやるのに。
20151215 chloe, as 白い器とナイフとフォーク #2